(四)
座が打ち解けてきたのは、更に半刻は経ってからだった。やがて濡れた法衣も生乾きになった知海が入って、五人は車座になる。
剛次郎は、やはり干飯を惜しむように一粒ずつ噛んでいた。
すると、知海が雑嚢の口を開けて、竹皮の包みを剛次郎に突き出した。
「海苔巻きにござる。山越しをするのでと宿の者から貰うてきたが、この湿気では長くはもつまい。食べて下され」
剛次郎ははじめ、手を振って拒んだ。しかし、暫くの間知海と睨み合ってから、受け取った。隼太郎と伊織にも差し出されたが、二人は断った。
「では、わしが頂いてもよいかの」
二つとも包みを掴んでいったのは、太吉老人であった。その健啖ぶりは剛次郎も呆れ返る程であった。
大人の掌ほどの大きさがある握り海苔巻きを、それぞれ三口ずつで平らげてしまった。
「爺さん、年は幾つかよ」
剛次郎の問いに、太吉は「さて、今年で七十二だったか、三だったかのう」と、けろりとして答えた。
知海も剛次郎も声を立てて笑った。
いつしか老人の始めた無駄話に、一同は聞き入っていた。
太吉の若かりし頃の武勇伝ばかりである。猪を追っていて、思わぬところで崖から落ちたものの、先に落っこちていた行き倒れの死体に引っ掛かって命拾いした話や、自分の嫁になると知らずにさんざん悪態をついた揚句、祝言の夜に手酷い仕返しをされた話だの。
冗舌な太吉の語りは、面白おかしい。
だが、隼太郎には隣で胡坐を掻いている伊織のほうが気になった。袴を脱いだ脚を組み替える度に、ちらと覗く脛の白さや滑らかな裸足のつま先の艶やかさに、いやでも視線が奪われる。
「得体の知れない女」
と思いつつも、京にも郷里にもこんな垢抜けた佳い女は滅多にないだろう、と感心した。
涼しげな目元から時折、濃密な女の香りがするが、一体隼太郎を誘っているのかそうではないのか、皆目判らぬ。いずれにしても、一度は抱いてみたくなるような女に違いない。
隼太郎は、場違いにもそんな思いに耽ってしまった。
或いは、場違いなことを考えることによって、何か拠所無い戦慄から逃れたがっている己をひしひしと感じていた。
やがて、
「折しも、ここにこういう物があるでな」
太吉老人が瓢箪を腰の後ろから取って回した。
酒が入っている。盃などはない。
まず、老人が一口含み、剛次郎が飲み、知海は遠慮がちに飲んで、伊織が呷った後で隼太郎に回ってきた。逆回りだと老人の後に飲まねばならないのが何となく厭に思えたが、伊織の咥えたふくべの口は、仄かによい香りが漂うような気がした。
中身は濁酒
(どぶろく)であり、ややきつい。
剛次郎の酒が強いことは知っているが、誰も顔色一つ変わらない。隼太郎は三巡目で、胸や喉がかっと熱く火照るのを隠せなかった。一同を見回しつつ、瓢箪を老人に返す。
太吉老人は、前歯の欠けた口でにっと笑った。
「どうです。長雨は蒸し暑いようで、体の芯を冷やすで、酒を飲むのがいちばんだ」
はあ、と隼太郎は生返事をした。
どうもおかしな老人である。愛想はいいのだが、一筋縄ではいかぬものを感じる。三日月を伏せたように細める目の見ている先が何処にあるのか、一向判らぬ。
知海や伊織とはまた異質の奇妙さがある。それは、如何にも好々爺の面つきで一同を見回し、膝を擦りつつ昔話をする表情の隙から、微かに覗いていた。
老人の醸し出す不自然さが何に基づくのか、隼太郎は酒が四巡したところで漸く気付いた。
「爺さん、何故か僧と目を合わさないようにしている」
否、むしろ知海の方こそ太吉と視線を合わさぬようにしているとも見えた。
口数の多くない僧にとって、冗舌な老人は苦手な類の人間であるのかもしれない。それにしても、両名が必ず男達を代わる代わるに見て、やがて伊織の訝しげな視線にかち合ってそそくさと目を伏せる。こんなことを繰り返しているうち、太吉老人が不意に言った。
「わしの話も段々飽いてこられたろうゆえ、一つ他の方々も何かお話して頂けんかな」
隼太郎と剛次郎は、目を合わせた。
「そう申されても俄には」
すると、
「面白い話ではないが、百物語のようなものならば」
知海が口を挟んだ。
「徳の高い御坊様でも怪力乱神をお語りになられますのか。これは興が乗りまする」
伊織が流し目を隼太郎に送りつつ、言った。隼太郎も咄嗟に頷いた。
「長雨には如何様な話も相応しかろう。どのみち、今夜は止む気配もありますまい」
そうして、車座になった五人で、交替にさまざまの聞き語りなどが始まった。
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