(八) 
 
 東村に郷士の細井という家があった。所謂、半士半農の生活を営む、昔からの地侍の家柄である。
 雇人を三、四十人ばかり使って屋敷の周囲には竹藪の巡っているという大尽で、土地の者は大方、細井家を尊敬していた。
 細井家には一人娘があって、おそよと言った。
 主の孫右衛門は遅くに生まれたこの一人娘を大事に可愛がって育てた。妻も死に、孫右衛門自身の兄弟も流行病で死に、姉妹は他家の人となっているので、おそよは孫右衛門にとっても細井家そのものにとっても命綱であった。
 そのおそよが病に罹った。
 或る年の秋のはじめから段々に痩せてゆき、食事も摂らず、夜もおちおちと眠らず、孫右衛門も酷く心配してわざわざ松本から良医を呼び寄せるなどして手厚い療治を加えたものの、どうも捗々しくない。
 病の正体もよく判らないのである。
 ところがある時、下男の一人が孫右衛門に報告したことがあった。
「お嬢様には、想いを懸けておられる御方がいらっしゃるようです」
 孫右衛門が留守の時などにこっそりと裏庭へ出て、井戸に紙など投げ込んでいる。もう殆ど涸れついて使われることのなくなったその井戸を、下男はそっと汲み上げてみた。
 乾いた懐紙に何枚も「太吉」という文字が書かれていた。勿論、おそよの筆跡である。
「この太吉という者を探してまいれ」
 孫右衛門は下男らに命じた。
 果たして翌日、それらしい人物が判った。
 近頃、村の口入屋兼宿屋に住み付き始めた若い男であるという。
 身形からすると江戸から流れてきた素浪人の体で、本当は「太吉郎」と言うが、宿屋の者は皆「太吉」と呼んでいた。
 太吉は幼い弟を連れている。十になるかならぬかだ。その弟を食わせてやる為に、宿屋で帳簿付や配膳を手伝っているようであり、働きぶりも悪くないとの評判だった。
「しかし旦那様、人手の多い江戸からわざわざこんな上州の田舎くんだりまで落ちてくるたあ、太吉という男も何か脛に傷の一つや二つは持っていそうですよ」
 下男はそう付け加えた。
 兎も角も、おそよのように殆ど屋敷に閉じ篭りっきりの娘が、何処で太吉を見初めたというのか。
 考え込んで、孫右衛門ははたと思い当たる出来事にぶつかった。
 句会である。細井家では毎月一回、月次(つきなみ)俳句の会を催している。その例会の一員に、宿屋の主人がいた。
 太吉が重宝がられているというのなら、屋敷の前まで供をしてくることもあろうし、その姿をたまさか庭へ出ていたおそよが見止めても不思議は無い。
 孫右衛門はそうと判ると、すぐさまおそよを呼んで、真相を問い質した。
「宿屋に住み込みの太吉という男を好いておるのか」
「あい」
「夫婦(みょうと)になりたいのか」
「あい」
 意外に素直におそよは認めたが、恥ずかしがって諾々と首を縦に振るだけである。
 夫婦にしてやって病気が治るのなら、それでもよかろう。だが、太吉という男の素姓はよく判らない。一度とっくりと確かめてやってからでないと、幾ら愛娘に甘い孫右衛門とて、簡単に肯く訳にはいかなかった。
 孫右衛門は自ら宿屋まで赴き、主人にしかじかの事情を話して太吉と面会した。
 見ればまだ、二十を幾許か過ぎたばかりの青年で、丈は高く面差しは精悍で整っていた。鄙には稀な顔立ちである。
「江戸は渋谷村の生まれにございます」
 と、太吉は身上を語った。
 美濃大垣藩の下士の家柄だが、永御暇を食らった面々の中に父がいて浪人となり、以後もしや再仕官のお達しあるか、新たに士官する先もあるかと思い各地で剣術修行を積んだという。
 そうして江戸に帰ってみれば、夷狄は現れるは世間は攘夷だ勤皇だと騒がしくなり、父も死に果て、母も病床に就いていた。
 金もないので母もろくろく医者に診せてやることが出来ず、呆気なく死んでしまうと、太吉は弟を連れてほうぼうの親戚を回った。
「ところが結局、弟一人を見てやろうという家もなく、それがしも弟を見捨てて何処ぞ中間奉公というわけにもゆかす、江戸を出て参りました。田舎の方がまだしも、ヤットウの教授の口があると聞いておりますもので」
 しかし、上州とて江戸と状況は似ていた。
 そこで、宿屋に住込み働きすることに決めたのだという。
「成る程、おぬしもなかなかに苦労しているのだのう」
 孫右衛門は憎からず思った。この男なら、郷士の跡目として家柄も遜色は無く、剣の腕も立つ。宿屋の主人の話からすると、まめに動いてくれるであろう。
 孫右衛門は、あっさりと太吉を認めた。
 半月も経たぬうちに、おそよと太吉は祝言を挙げるとことになったのである。
 半年程の間、夫婦仲は睦まじかった。
 孫右衛門も下男や小作人の仕切りを徐々に太吉に任せるようになり、細井家はこれ以上ない良い婿を得たと評判され、孫右衛門もこれで後は孫の顔を拝むだけじゃわい、と思った。

 ところが。
 いつしかまた、おそよが寝付くことが多くなり始めたのである。
 前のようなぶらぶら病ではない。嫌な咳をする。労咳かと思われたが、医者の見立てではそうではなかった。顔色は青黒くくすみ始め、毛が抜けていく。あれほど艶々と美しかった玉の肌も爪も白ちゃけて、幽霊のようになった。
 丁度、その頃から太吉は外出がちになった。
「太吉は何処へ他出しておるのか?」
 訊いても、おそよは答えない。仕方なく下男を使って調べさせてみると、宿場町の安女郎屋に行き当たった。
「旦那様、何でも話に拠ると、若旦那様の敵娼は、江戸にいなすった時分の馴染みだそうですよ」
 下男は、そう告げた。
 太吉に岡惚れしていたその女郎は、転々と各地を回って上州まで来た。そこで、村の細井家というお大尽の屋敷の若旦那におさまっている太吉を見付けた、という次第である。
 女郎は何なりを用件を作って太吉に逢いに来た。焼けぼっくいに火が点いたとやらで、太吉はまた女と関係を持ってしまったのに違いない。
 その晩、深更に酒気を帯びて帰って来た太吉を、孫右衛門は問糾した。
 すると太吉は「然様の通りで」と開き直った返答をした。
「おのれ、恩を仇で返す気か」
 孫右衛門は傍らにあった花瓶を太吉に投げ付けた。太吉は額を割られ、夥しい血を流しつつ笑った。
「何とでもなされませ。もうじきこの屋敷はおれのもの。おそよの命も、明日か明後日かというところでしょうな」
 孫右衛門は漸く悟った。
「おそよに毒を盛っておったのか」
 太吉は、微笑を浮かべたまま立ち上がった。
「今頃気付いても遅きに失するわ。欲の塊の耄碌爺め」
 太吉は床の間の刀掛に歩み寄るや、大刀を携えた。斬られる、と孫右衛門が目を伏せた時、太吉の振るった刀は別の物を斬っていた。
 おそよである。病床から異変を知り、這いずるようにしてやってきたおそよは障子の外で一切を聞き、己の身を挺して父を救ったのだった。
 おそよは即死であった。死顔は静かであった。太吉は俄に恐ろしくなり、刀を投げ出すと、ありったけの金品を掴み、弟の手を引いて屋敷を飛び出して行った。
 孫右衛門は辛うじて命ばかりは拾ったが、愛娘を失った。
「それもこれも、わしの人を見る目がなかったのだ。許してくれまいが、おそよ、わしが悪かった」
 孫右衛門は数ヶ月泣き暮らしたのち、おそよを葬った菩提寺に永代供養料として、残る全財産を預け、屋敷を捨てて身一つで村を出たという。
 
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