(二)
さて、暮も押し迫った日のことである。上屋敷の中庭を眺めつつ、定敬は物思いに耽っていた。
「何もすることが無いといやなものだ」
生来、じっとしていることが苦手である。暇があれば書を読み、自ら乗馬などに行き、武芸の鍛錬も怠らなかった。よもやこの天下泰平の世の中に、と剣術を侮っていた侍達が、例の黒船来航以来、俄かに色めきたっている。江戸の道場は盛んなようだ。定敬は、一度見てみたいと思うものの、身分上そうはいかない。剣術指南役は、定敬をまだ骨の固まっていない少年と思って、大人なりの扱いとは言い難い。その事にも倦んできた。
「では、服部半蔵の息子がおります。その者にお相手を」
家老・山脇が勧めてくれた御蔭で、一つ年上の服部平四郎正義という少年を相手として得た。
それにしても、外は雨垂れである。氷雨に近い。これでは馬に乗ることも出来ない。
いつしか考えは巡りめぐって、鍛冶橋門前の少女のことに至っていた。
桑名藩上屋敷の周囲は町家ばかりであるが、外桜田や鍛冶橋周辺は、譜代・親藩の屋敷が並んでおり、田舎から府内を訪れた藩士らが登城の様子を見物している光景は珍しいものではなかった。
皆、『武鑑』などを手に何処の大名が何人の随行をつれて出仕しているか、調度や紋を見定める。
時折、訴状を差し出して直に駕籠に近付く者もいるということを、定敬は聞いていた。
茶店の葦簀
(よしず)から見る者もいて、江戸見物の一つなのであろうが、あの娘は其処にいること自体がそぐわない、と定敬は瞬時にして感じた。
むくつけき男どもの中に可憐な花が一輪咲いたようであり、またそこはかとなく物悲しい目付きのようにも見えた。只の見物であったろうか。
「あの娘、もしかしたら何れの藩の供回りの者や足軽の想い人であろうか。何か事情があって、離れておらねばならず、ああして登城の際に垣間見ているのかもしれない」
想像は数多に及んだ。
そうして、定敬は登城の折鍛冶橋門に差し掛かると、そっと駕籠の外を窺い見るようになった。
まだ十四歳の少年の好奇心とは、かくもいとけない。
しかし、少女はいつも其処にいるわけではなかった。定敬の両手で数え得る登城のうち、半分はあの鮮やかな萌黄色を見る事は出来たが、それもほんの僅かな時間であった。
いつしか娘の存在を気に掛けている己に気付くと、定敬は今迄になく胸がこそばゆい心地になるのであった。
築地下屋敷に下がった晦日のことであった。
定敬は山脇ら家老に呼ばれ、裏庭へ出てみると其処には奇怪な光景があった。例の鮟鱇が竹組みに吊るされており、その下に大きな盥が置かれていた。
「水揚げされたばかりのアンコウにございます。殿にお目に掛けようと、魚屋を呼んで参りました」
山脇が言うと、魚屋の親爺は土の上に額づいた。親爺といっても山脇よりは若いのではないか。
「魚屋利八と娘のおみつにございます」
山脇は紹介した。定敬は、縁側から座して見ていたのだが、その時思わず立ち上がってしまった。
利八の後ろにいたおみつが顔を上げた瞬時、声を上げなんだのが不思議なほどである。
「鍛冶橋門の娘」
定敬はおみつと目が合った。しかしおみつはそのことを恥じ入るように、利八の後ろにさらに隠れた。
だが、おみつはいつものように萌黄の着物ではない。町家の娘らしい紺絣
(こんがすり)のつつましい出で立ちであった。
定敬は、あまりしげしげと娘のほうばかり見ているのも奇妙に違いないと思い、鮟鱇を見遣った。
三尺余りはある大きな不気味な魚の口から、薄桃色の布のようなものがはみ出している。
「あれは何だ?」
すると、利八が目を敏く光らせて山脇に答えた。山脇は、定敬に向かって、
「アンコウという魚は深いところに潜んで生活しておるそうです。それで、陸へ引き揚げられると、水の抵抗力を失うので水袋(胃)が口から押し出されてしまうのであるとか」
「気の毒な魚だな」
定敬は言った。利八の手によって、鮟鱇は白い腹を割かれた。内臓がとぼとぼと溢れ出すのを、おみつが盥で受け止める。うら若い娘に不似合いな光景であった。
「アンコウは七つ道具を持つと申しましてな。皮、肝、鰭
(とも)、頬肉、やなぎ(体肉)、水袋、ぬの(卵巣)、鰓とすべて食べることが出来ます」
「余はいつもやなぎしか食してない」
定敬は少し不服そうに言った。
内臓を抜かれた鮟鱇は、すっかり貧相に成り果ててしまった。その様相が滑稽感を醸し出している。山脇はまた、利八から変わった鮟鱇鍋の調理方法を聞いたようであった。
「常陸では鍋に酒を入れ、肝をといて食材を煮るのだそうですよ。切身から水分が出るので、水は一切入れぬとか」
食べてみたい、と定敬は言った。
酒は神事以外口にした事は無いが、その方法が大人びていると思え、興味が湧いた。利八、おみつ親娘が退出してのち、定敬の夕餉は鮟鱇鍋となったことは勿論、家中こぞってそのお相伴に与った。
「それにしても十左。あのおみつという娘、何処かで見なんだか?」
定敬はさり気無く山脇に問うてみた。しかし、登城の時間に鍛冶橋門で萌黄の娘を見るのは、無論定敬一人である。供回りの者に直接聞いて回るわけにもいかない。かといって、山脇を使って上申させるほどのことでもない。
「おみつが如何なされましたか?」
と、山脇が訊き返すと、定敬は「気のせいであろう」と答えたきり、その話題に触れるのはよそうと思った。
鮟鱇鍋は定敬のたっての願いで、利八の言った常陸風仕立となった。しかし、いざ食してみると、やはり十四歳の少年の口には些か酒が強すぎたようで、二口三口と食べているうち、顔が真赤になってきた。それでも黙々と、まるで仇のようにして鮟鱇を食べる定敬を見ていた立見ら小姓のほうが、酷く蒼褪めてきた。
「美味であった」
完食し終えたのち、定敬は庭に出たが、その足どりは覚束なかった、と立見はあとで家中の者に言ったようである。
「おいやと申されましたら宜しいのに、我が殿の強情振りはまこと筋金入りのようでございますな」
と、皆が却って感心したという。
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