(四)
井伊直弼の死後、幕閣の様子はがらりと変わってしまった。
安藤対馬守は、元々反・井伊派の筆頭であった下総関宿
(せきやど)藩主・久世広周を首席老中に据え、久世・安藤という連樹の政権が動き出したのである。
また、大獄によって謹慎余儀なくされていた一橋慶喜らが政界復帰した。
この間、安藤らは持ち前の平衡感覚を発揮し、「公武合体」の実現に力を注いだ。尊皇と攘夷と倒幕。この三つを一緒くたに考えて物事を推し進めようとする連中の動きを止めるためには、この手しかなかったのである。
井伊政権の頃からの立案であったが、漸くこの時期に孝明天皇の異母妹である和宮親子内親王の降嫁が勅許された。
定敬は男女の何たるかなど深く考えたこともなかったが、同年の内親王に対して気の毒な思いも懐いた。
「和宮様には既に許婚者がおられたというが、安公も相当の額の賂
(まいない)を公卿どもに贈ったというから、つまり金で買われた花嫁か」
それにしてもおれは将軍でなくてよかった。公家の娘など大層な嫁御は要らぬ、とも思った。まだ婚礼を挙げていない初姫は、まるであどけない妹のようで、女という認識がない。年は四つである。
ふと、おみつの事が頭を過ぎった。
「そういえば上巳の日以来、おみつの姿を見ていない」
もう八月も過ぎた。
あれから半年近く経つ。利八は時々季節の魚など持ってくると聞くが、おみつは同行していないようであった。しかし魚屋の娘の消息など一々訊くのもどうかと思い、定敬は黙って過していた。
その頃定敬は、本来先代藩主より引き継いだ京都警固の為、京に陣屋を新築したが、京はおろか国許にも一度も入城していなかった。
江戸の人員が足りないというので許可がおりない。間も無く溜間詰となり、将軍の御先立という華やかな任務となったが、ますます多忙になり、出府どころではない。
ある時、乗馬にて登城の折、鍛冶橋門付近で浪人たちが大勢集まり、何やら文書を回し読みしている光景を遠目に見た。不審に思ったので近習を遣わして後で聞いてみると、その連中が持っていた写し書きを渡された。
「安藤対馬守に与ふる書」と書かれている。
米国総督ペリーが安公の屋敷を密かに訪れて食事をしたり、安公は宝石類を贈与された、或いは安藤は一万両の大判をペリーに渡し、妾の世話をしたというありもしない内容が書き連ねてあり、さらには「天下の大賊、天誅固
(もと)よりゆるさざるなり」と、締め括ってあった。
「これは」
定敬は写し書きを掴んだまま立ち上がり、急ぎ馬を駆って徒士二人とともに安藤の屋敷を訪ったのであった。面会して定敬は、
「こは怪文書にて、老中に危害を加えんとする奸賊らの予告文ではございますまいか」
だが、安藤は意外に落ち着き払った顔付きであった。
「ご忠告かたじけのう。先立ってもこれと同じく文を諸公から頂戴した」
と、三通の同じ怪文書を見せた。他にも同じ考えの人間がいたのである。定敬は、
「なれど一昨年前、桜田門外の兇変ありて以後、老中かたがた厳重に警固をかためておられますが、斯様な時期に殊更に見え透いた脅迫文を世上に流布するなど、余程何か格別の計略をめぐらせておるのではないかと」
すると、安藤は白い歯を見せて笑った。
「越中どののご厚意有難く頂戴いたす。だが、案ずるに足りぬませぬぞ。同じ轍は踏むまい」
定敬はそう諭されて、悄然としたまま屋敷へ戻った。
若さゆえの早合点と思われたか。定敬は、面白くなかった。
文久二年の正月、拝賀の儀に登城する為、定敬は騎馬にて上屋敷を出た。小姓の立見鑑三郎を従え、例によって西へ向かい、鍛冶橋門に近付いた。すると定敬は覚えず馬を止めた。
「殿」
立見が見上げる。定敬の視線の先には、萌黄色の袷の娘がいた。
「あれなるは、魚屋利八の娘おみつ」
そして、下馬するわけにはいかないが、立見に向かって申し付けた。
「おみつ、利八に上屋敷に新鮮な鮟鱇を届けるように伝えてくれ」
立見が素早く門に近付くと、おみつは雷でも落ちたかのように吃驚した。そうして、定敬の姿を見止めると、慌てて膝まづいた。定敬は少し後悔した。娘の美しい着物をその為に土で汚すことに対してであった。
立見が要件を告げると、おみつは何か大変なものでも見たかのようにそそくさと立ち去って行った。それにしても、おみつがこうしてしょっちゅう心待ちにしているのは誰なのであろうか。
果たして午過ぎに下城すると、上屋敷に鮟鱇が届いていた。
「利八が持ってきたのか?娘のほうか?」
定敬は訊いた。山脇は、
「利八が礼を申し上げておりました。殿がご登城の砌、愚娘に声を掛けて下さり、飛び切り生きのよいアンコウをお持ちしました、と」
と言った。確かに魚は大きい。だが、おみつはどうやら言付けだけをしたようであった。
「それにしても商売気がない」
定敬は思った。利八もおみつも何処と無く商売熱心には見えなかった。おみつほど器量のよい娘なら、もっと得意先を回らせればよいのに。それとも桑名上屋敷など物の数にも入らぬのか。そんな事を考えながら、正月から鮟鱇鍋を食べることとなった。
正月十五日。この日は朝から雲一つ無く晴れ渡っていた。
冷え込みは厳しく、身を切るような清冽な空気の中、上元の節句に将軍に拝謁しようとする在府の大名が次々と城に向かっていた。
鍛冶橋を越えると、定敬はその日もおみつが立っていることに気付いた。やはり萌黄色の袷に頭巾である。そして、手に梅枝を持っていた。
定敬は訝った。おみつが待っている人物が誰であるのか。己で無いことは確かだ。
いつものように定敬は、馬を巡らせて門前を行き過ぎようとした。おみつは頭を下げ、膝をついた後で顔を上げると、不意に物も言わず、梅枝を捧げるようにして歩みを止めた馬の横まで小走りに近付いてきた。
「先立っての御礼にございます。庭でいちばん早く咲きましたので、殿様にと」
おみつははじめて口をきいた。定敬はそうかと言って花の香を嗅いだ。梅の花は何となく、おみつそのものの香のような気がした。
「これにて失礼いたします」
おみつはそう告げると、静かに去って行った。定敬は梅枝を懐に押し込んで再び手綱を取った。
城は目前である。
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