(十一)
米沢→江戸(慶応四年春)
思うままに筆がとれません。漸く熱と咳がおさまり、歩けるほどになりました。
貴方様にはご多忙の折、幾度もお便り頂き、お心遣いいたみいります。
京坂の騒乱を聞き、妾も動揺いたしておりました。近頃、藩内騒然とし、日々会議の様相。式部大輔様もご懸念されております。
貴方様が病にて御役目御免というは表向き、大政奉還後、しかじかとありて上様がたご一丸総辞職を賜ったとか。年明けて伏見に叛乱の戦火上がり、貴方様がたのご様子が心配で仕方御座いませんでした。
なれど、何処へかお聞きすればよいものかまどうばかりで、漸くこの二月になって貴方様のご消息を知った次第です。
東帰なされたとの由にて、此文も江戸へお送り申し上げます。無事に届くとよいのですが。
如月の寒さは相変わらず、身を切るようです。貴方様もお一人の御身にあらず、是非ともご自愛くださいますよう。
春の日の山の薄氷とけゆくも解きな忘れそ我が時雨咳
戊辰二月 幸
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注:
【東帰】…鳥羽・伏見の戦のさなか、慶喜に従って容保、定敬らは海路江戸へ帰る。このことによって江戸城はおろか幕府内紛糾した。慶喜は上野で謹慎するが、容保は国許へ戻り、定敬は飛び地へ向かいそれぞれ抗戦の立場を取る。