(六)
米沢→京(慶応元年夏)
この奥州の地まで、京洛では日々政情不安がつのっているという噂が及んでおります。上様は再上洛なされるそうですね。
大弼様は、おみ足の具合が悪く、京洛警固の任がはなはだ負担重く思われます。
いずれ式部大輔様が代理として赴かねばならぬのではないかと、案じている毎日です。貴方様のひとかたならぬご苦労を思えば、妾の心配など雀の舌先ほどでございましょうね。
季節の贈答など、ご無理なさらぬよう。
思えば、貴方様が桑名入の折、はしかに罹られたとき、病気平癒をいのって軽焼をお贈り申し上げました。あれ以来続いている遣り取りをお断りするのではありませんが、本当に妾は京の噂を聞くにつけ、貴方様の身上が思い遣られてなりません。欽之助の姉として。
桜は散りました。御殿の菖蒲が生き生きと花開いております。山々は緑に萌え、じきに夏が参ります。
それでは又、お便りいたします。
ともし灯に散る夏虫のはかなきに懲りぬ想ひと誰か言ひけり
乙丑閏五月三日 幸
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注:
【はしか】…定敬は文久二年七月に桑名城へ入るが、その折に流行麻疹にかかった。
【軽焼】…当時はしかなどが早く治るようにと病が「軽く」治るようにとかけての軽く焼いた煎餅が見舞いに用いられたという。