第一・二話 蝕日者のジルバ 〜 Eclissi ballare il jitterbug  あとがき


・・・駄文に駄文を重ねてよいものか。
 ちと、考えてしまったが、きっとこんな話の解題でも書かないと、「え?何でこんなことになったんやろ?」的なジレンマに陥る。という、後のことを考えて、ここに記す。
 これを考えていた頃、私的には池波正太郎にハマっていた。言うまでもなく、『剣客商売』のシリーズを読んでいたのだ。
 「何で時代劇読んでて、西部劇考えるの?」っつー疑問がおありの向きもあろうかと思うが、私にとっては、どっちも「古典」なんだから同じなのだったりする。
 ついでに柴田連三郎も読んでいた。
 「こーゆう感じの洒脱な世界が書けたらいいのになー」と、思いつつ、知識がないので時代劇は出来ない。当然、西部劇にしたって知識は必要なのだが、そこはねえ。
 アメリカ人の出て来ない(私にとってのアメリカ人は理解不能だわ)近未来西部劇ってのでどうやろ?という訳で始まったのが、これ。
 タイトル『DIO・FIRE!』は、シヌホド苦労した。もー、これだけっつっても過言で無いくらい、第一話でいちばん困った部分。舞台がカトリック世界で、西部劇なので、「ヘヴン」「ミレニアム」「ディアブロ」「クロス」「ガン」・・・等など出尽くした言葉は禁句。じぇったい、すぐに判らんのがいい!・・・で、イタリア語と英語の組み合わせの造語になった。


 でもって、セルフ・イミテーションで、
 ジン=仕官を夢見るただの素浪人、アーチ=実は公儀剣術指南あがりのご典医、ピーチィ=義賊ネズミ小僧、ミスティ=ときには剣客、ときには花魁・・・の隠密奉行、ジャン・カルロ=よくある悪代官、ヴァティカン=幕府、サフィール枢機卿=老中、と置き換えてみたりして。無理はないと思うんだけど。想像して、怖くなった。

 結局、あーだこーだ設定を変えたり、台詞回しだの、三回くらいまるまる書き直している(書き始めたときは、仕事がツラスギテどつぼだったので、精神状態が悪く、後で読んでイヤになったわけだ)ので、ナニがなんだか判らないまま、一話終わってしまった。
 で、気付くと何時の間にか・・・方向性が、変わってる!
 一言でいえば、初めに比べて、破廉恥(私語)になった。
 具体的にどーゆう変化をしたのかは、今は言えないのだが、とにかく、決定的にそれを変えたエピソードは、かなり最初のほうに少しだけ出てくる。皆さん、いずれ推量してみてください。


 「日蝕」と《烏鴉王》というモチーフは、大学時代からの興味である。「solar(luna) ecrips」という概念(昔エクリプスっつー車に乗りたかったんだよな)の東西の違いとか、カラスという鳥に対するイメージですな。実は、別の形(ホラーとか)でいずれ《烏鴉王》を出したいので、考案中です。いずれまたの機会に。

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