第十九・二十話 〜千年の孤独〜あとがき
いいところで終わってしまいましたね。どうなる主人公!?みたいな(笑)。
『百年の孤独』というお酒を御存知の方は、それがネーミングの由来だとお気づきのことでしょう。何で千年なのかは、本文の通りです。
十三世紀からこの物語の舞台である二十三世紀までの千年間、雌伏していたニザリ教団は復活を遂げようと試みるのですが…。でも、これで滅んだわけではありません。後継者は、歴史の表舞台から消えたように見えても、時には形を変えて存続していきます。いつしか復興を、と思いつつ消え去っていくのは、哀しいかな自然の淘汰でしょう。
そうやって、人間は結局数えられる程の先祖から派生した現在の種族しか残っていません。
ある人は、先祖が一つと決まってしまった種は既に滅びの道を歩んでいる、と言いました。もしかしたら、人類もそうなのかも知れません。そもそも、種は生まれ滅び、また新たな種が生まれて滅ぶようになっています。
「人類皆兄弟」といった人もいますが、この言葉も言いえて妙ですね。我々の先祖は人類遺伝学上、現在の人種にはあまり関係なく入り混じっているようです。例えば、お隣のおねえさんが、同じ日本人であっても自分とは縁遠いシベリア生まれの遺伝子を一部持っていて、ジンバブエに住む見知らぬ老人が自分の遺伝子と同じ配列の部分を持っていることだって、現在では簡単に判るのですね。
だから、人種が違う、宗教が違う、肌の色が違う、食べ物が違う、だのでごたごたと数千年数万年も揉めているのは、滑稽を通り越して悲惨でさえあります。でも、それが人間なのだと思います。人間は共に生きると同時に、共に争う遺伝子を持っているのでしょうか。そして、肌の色や宗教観はもしかしたら、単なる戦いの口実でしかないような気もしてきます。だとしたら、本当にバカバカしい事かも知れません。
私は、高校で世界史を履修した人間ですが、まったくといっていいほど興味が無く、いつも世界史履修者の中では底辺を彷徨ってました(笑)。お陰で中国歴代王朝も順番に言えず、大学では苦労しましたね。いえ、そんな話は兎も角、一たび興味を持てば人間は努力する、と言いたいんですけどね。
サンチャゴ・エル・ブランコの話の辺りから、イスラム教の概要を知ろうと資料を漁り、なかでもイスマイリ宗に関しては結構読みました。といっても、日本で手に入る資料は限られています。英語読むのは邪魔臭いですし。
日頃疑問に思っていた謎も解けましたね。中世中央アジアや今のカフカス周辺のこと、ロシアを研究してる人は、言語分野、歴史分野に限らず広くこの辺り一体の文献を読んでいます。それが、今更ながら、歴史を紐解いてみるとはっきりしてきました。総てはモンゴル軍の侵攻とかかわりあるのですが、ペルシア語もモンゴル語も、ロシア語もその辺りの言語で影響を受けてない言葉は無いのです。
これが世界史の広大さ、奥深さにして妙ですね。岡田英弘氏著『世界史の誕生』という本は、モンゴル史から世界史に焦点を当てたものですが、中世世界史を知るための参考書として良い本です。
では、関係ないあとがきで終わります。
BGM『Eyes Like Yours(Ojos Asi)』SHAKIRA
本編へ戻る
TOPへ戻る