第十・十一話 〜光と海と涙と la luce e del mare tra le lacrima〜あとがき
中島敦の小説みたいなタイトルですが、全然。
これが書き出してから、数ヶ月掛かったシロモノです。にしては、お粗末な感じでどうしようもない。
というのも、この間にいろいろあって、ありまくって仕事も大変でプライベートもにっちもさっちもいかなかったのだ。
などというのは言い訳にもならないので、やめます。
「人魚」を題材にした話は古今東西いろいろあって、どれもあまり楽しい話ではなかったような気がします。で、自分なりの「人魚」像を考えてみたら、やはり肉食であるまいかという結論に。
私が好きだった人魚ものがたりは、『赤い蝋燭と人魚』(小川未明)と『人魚の嘆き』(谷崎潤一郎)です。
『赤い〜』は御存知の方が多いでしょう。とにかく、「北の海にも人魚はおりました。・・・その人魚はみおもでした」という暗いはじまりからして、どの辺に人魚がいたのか判りませんが、子供心に不思議に感じたのです。まずしい蝋燭職人の老夫婦に、怪しい香具師。基本的に、童話は人間の本質の暗いところや醜いところを鋭く突いていますが、特に小川未明の作品はその色彩が濃いのです。『港に着いたくろんぼ(今は禁止用語)』とか、『赤いそりと黒い人』とか。
一方谷崎の「人魚」は、いささか御伽話ちっくです。
挿絵もオーブリー・ビアズリー風で(中公文庫)退廃的な雰囲気がいいのですが、内容は中国(清朝)の貴公子が遊びに飽きて異国人から「人魚」を買いもとめたという話。結局、人魚は貴公子の一途な想いを受け入れることなく、海に帰るのですが、このエゴイスティックな両者が妙です。永遠に男と女は、容れ合わない、と言われているようでドキリとしたもんです。
何だか、「人魚」は美しい幻想的な生き物という外見の中に、人間のエゴを秘めているという点で、こうも文学の題材になるのかなあ。
そういえば、昔、紅海であがった人魚の死体は、上半身が魚で下半身が女性だったとか。見てみたいような、見たくないような・・・。
本編へ戻る
TOPへ戻る