第十四話 〜ディジトゥス・デイ 神の指 disitus dei〜〜あとがき
全然関係無い話題ですが。
キャラクター造形のとき、割と現実の役者のイメージをつけてみます。
この14話の主人公であるアーチは、どうもしっくりくる俳優がいないのでどうだろう?と思っていたのですが。
一昨年(2000年)に『サルサ!』というフランス映画を観ました。
「いいのよ、いいのよ。ここまでポジティブな恋愛&音楽映画は珍しいのよ〜」と、おすぎとピーコ絶賛の映画だったので、どうよ?と思いつつ半信半疑で映画館へ。
で。始まって一分も経たない内に、主役であるヴァンサン・ルクール(26歳くらい)がぴったりど真ん中。思わずスクリーンの前で「おおおお!」と叫んだものです。
「ハリウッド的ハンサムは苦手だけど、こういう男前はいい!」
ヴァンサンは「絵に描いたような男前」です。「絵にも描けない美しさ」というのは、私は好きではないので、「ちょっと浮世離れしてるけど、いるよな」くらいの男前で丁度いいのです。それでも、すごいんですけどね。
何が良いのかというと、金髪碧眼はさることながら、「育ちが良さげに見えるところ」と「ほのかなやんちゃっぽさ」、それと「セクシーさ」、スパイスに「バカっぽさ=甘さ」でしょうか。決しておバカな役者ではなく、ヴァンサンは年の割りにとても濃い経歴の持ち主です。でも、バカっぽくていい。
涼し気、というのでもない。幾ら色素が薄くても、やはりラテン民族ですのでね。それが証拠に、劇中でヴァンサンはキューバ人に扮するのですが、肌と髪の色を黒くしただけで、とてもワイルドな濃い〜男前になるのです。日本人が金髪にしたって、アングロサクソンにならないのとは訳が違う。
さて恐らく、そのバカっぽさ=色っぽさ=甘さはフランス人に共通するものかも知れないです。今まで観た映画とか、役者とか現実の知人を反芻するとですね。
ザッハトルテのような己を律した甘さではなく、しっとり深みのある甘納豆でもなく、まさしくマロングラッセのような洋酒に漬け込まれて砂糖に揉まれたやたらめったらな甘さに似ていると。でも、忘れられないその甘さ。
という訳で、『サルサ!』を御覧になった方はヴァンサンのイメージでアーチを見てやって下さい。御覧になってない方は、今すぐレンタルビデオ屋さんへ。…映画の宣伝ではありません(笑)。
余談が過ぎました。
・・・テーマは設けなかったのですが、何時の間にか「精神的親殺し」が主体になっています。子供から親離れするのより、親が子離れするほうが至難の業です。それを如何に上手く悟らせるかということもあるのでしょうが、要はいなくなってくれれば簡単なのです。
酷い言い方かもしれないですが、それ程に子供の精神に親や身内の呪縛は影響するのです。
私としては自身の経験も含めて「精神的親殺しをした子供がどうなっていくかのシミュレーション試作版」のような感じで書いてみました。
というのが、当話の主人公であるアーチレリー・ブールヴァルドの成長過程における一大変調期であるので、「現在形の彼と少年期の彼の性格が違いすぎる!」とお疑いの皆様には、そういう風にご理解頂きたく思います。
その点において、アーチは実にジンよりも精神的成長が遅かったかも知れないです。早熟な子供は、何時の間にか簡単に「親殺し」をやってのけますが、一見感受性が鋭い人間に限って、なかなか身内の呪縛からは逃れがたいものです。
作中で本人が何度も自身に言い訳しているように、オヤジを否定的に見ていますが、本当は「愛すべきくだらないオヤジ」と無意識に感じているようで、自分が見ていてやらないと恐らく誰も本気で相手にしてくれないんじゃないか、という些か彼にしては優しすぎる感情を持っています。やはり作られたとはいえ、身内ですからね。
そういう孤独なオヤジは、何も喋らないという事に拠って、息子に甘えているわけです。「何も言わなくてもお前はわかってくれるだろう」という、身勝手な解釈で。ま、己の才能しか頼るアテのなかった不器用オヤジの成せる業ですが。
それを一身に背負った息子はいい迷惑であって、いい加減プッツン切れて出て行った娘(妹)の分まで負わされてウンザリです。
とはいえ、ある程度社会的に成功した人間であるだけに、多少は救われてますね。これで平凡な経歴や家庭だったら、とっくに一家心中か金属バット殺人でしょう。いや、冗談抜きで。
反抗期に「くそオヤジ死んぢまえ」と口走ってしまうのは、あながち悪いことではなく、成長過程において必要なんですね。それでも昇華し切れない場合も多々ありますけど。親は、そこで「自決」するか子供に「介錯」頼むくらいの気持ちでないといけません。作中後半でオヤジが、何がしか語り始めたのは、ぼつぼつ「死に行く」つもりがあったということでしょうね。精神的にも。
独白的な台詞や説明が冗長なのが少々気になりますが、語り手の性格なので。それと、ヨーロッパの知識人(!)は、常に故事来歴に基づく喩えを出すというので、必死こいてリアルさを出そうとしてみました。「トロイの陥落」とかですね。ギリシャ(ローマ)神話やオデュッセイアは誰でも知ってるという世界で、ついでに有名な詩人の詩の一節でも出せば良かったですが。医学的知識の上にさらに哲学・思想にも詳しい主人公(今回限り)なので、こちらも勉強しましたです、はい。
タンパク質合成や分解、脳科学、記憶、遺伝子学、血液学、スクリーニング、バイオ・エシックス、ニーチェ、ハイデガー、ヴァティカン法皇の語録、建築学、ヴェネツィアのガイドブック、ラテン語の本、教育制度・・・・おもろくて死にそうでした。今は忘れてますって(笑)。
この話は、おそらくモノローグにしなければとてもうざったくて重苦しくて、やってらんない話になったかと思う。
結局、謎は謎を呼んだだけで、解決していない問題もありますけどね。
しかし、その点はご安心を!本編で徐々に明かされていきますからね。日本人の謎とか、オヤジの過去とか。
長いあとがき、すんません(笑)。
いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう
まるで星が涙を流しているようだ
まるで星が涙を流しているようだ
いつまでもいつまでも雨は教えてくれるだろう
人というものがどれほど脆い存在か
ぼくらがどれほど儚い存在か
人がどれほどかよわいか
ぼくらがどれほど儚いか
BGM:『FRAGILE』STING
本編へ戻る