(十)
昨晩にも増して、京の市街は混み合っていた。恰も熱気が姿を変えて人の形になったかの様相だった。
鉦や笛のぞめきが町筋から引っ切り無しに響いてくる。人の波を掻き分けていかねばならない。それでも、浅葱色の羽織を着た新選組隊士が通ると、さっと隙間が出来る。
池田屋における尊攘派の一掃が、一夜にして新選組の存在をゆるがせないものにしたのか、評判を上げたのか。
京の人間にとっては尊攘だろうが佐幕であろうが、商売にさえなればいい。長州はこれまで、金払いのいい上客だったわけである。
ところが、池田屋での密議を聞くに、京の町を火の海にする計略だったと知るや、それまで長州様さまだったお店もまるで手の平返したように、罵倒し始めた。ただの乱暴な田舎侍と言われていた新選組が一目置かれている。この変わり身の早さが千年来の都たる所以かもしれない。
三条大橋東詰に立っている里世を見掛けると、斎藤は立ち止まった。
普段よりも華やかな紅を差し、やや俯き加減に佇む里世は、斎藤に気付くのが遅れた。
はっと顔を上げて微笑みかけ、里世は溜め息を吐いた。
「沖田はんは?」
「昨夜の斬り込みで疲れが出たらしい。寝込んでいる」
斎藤が言うと、里世は顔色を青くした。
「どっか斬られやしたん?」
「いや」
斎藤は首を振った。里世は暫く茫然としていた。無論、喜助が二度と青柳亭に現れることもないだろう事も悟ったようだった。行き交う人々の流れを追い、鴨川の煌きを交互に見ていたが、ややあって気丈に唇を引き結ぶと、
「あんじょうお伝え下さい」
と、斎藤に頭を下げた。祗園囃子が遠近
(おちこち)から聞こえる中でも、里世の声はよく聞こえた。
「せやけど、新選組も一夜にしてえろうならはりましたな」
里世はわざと声音を明るくして言った。寂寞とした気分を、自ら追い払おうとしているかのようだった。
「斎藤はんも、沖田はんと同じ副長助勤とかいう御役目ですのやろ」
里世は、不意に斎藤の傍に顔を寄せた。匂い袋の馥郁とした香りが、里世の体の温みで立ち上っている。
「うち、最近口数の少ない男はんがええなあ思うようになりましてん。ええ男振りやったら、ますますよう見えますやろ」
そう言って、里世は斎藤の隊服の捲れた襟元を直すように、つと手を伸ばした。斎藤は、やや厚めの唇の端を引き上げ、にやりと笑った。そして、真顔に戻ると後ろに控えていた隊士に向かって言った。
「おい。暑くて気分が悪いそうだから、送ってやれ」
冗談じゃないぜ、と斎藤は振り返った。隊士に付き添われて青柳亭に帰る里世の後姿が見えた。時折、恨めしそうに斎藤を振り返っている横顔が艶っぽい。
京女の変わり身のはやさには呆れるしかない。まあ一晩くらいなら構わんが、沖田に申し訳が立たんでは男がすたる。
壬生に祗園囃子が聞こえないのは、それでいいのだ、と斎藤は大股に歩いた。
(九)へ
あとがきへ