(二)
元治元年四月、京洛における尊攘浪士取締りのあらたな機関として、新選組に向こうを張るように、京都見廻組が編成されていた。しかし、その前年から活躍していた壬生浪士組あらため新選組の実力と勢いには及ばない。しばしば、両組の隊士は市中取締りにおいて火花を散らしあったが、意地の張り合いの為に浪士を取り逃がすことも、ままあった。
それだけ、京の町には地下に潜っている者も含めて夥しい数の尊攘浪人が存在した。
前年八月、政変ののち追放された長州勢もこのところ密かに入京し、諸藩の尊攘派と水面下で連絡を取り合っている様子である。彼等を威圧する薩兵、一万五千といわれる大兵団も上洛し、すべからく臨戦態勢に近い様相を呈していた。
任務が繁忙の一途をたどるにもかかわらず、隊士の数が足りないというのが、新選組の目下の悩みである。
そのような中、今朝方持たれた談合の内容は実に剣呑なものだった。
長州随一の尊攘指導者といわれる桂小五郎が、京に戻って韜晦しているという情報が、すでに先月に局長・近藤勇らの耳に入っていた。
さらに、それと比肩する尊攘の大立者、肥後の宮部鼎蔵が先月末入京したという。
宮部は八月十八日の政変までは、禁門警固の総監をつとめており、七卿落ちの際同行して長州へと下った。そして、回遊ののち現在、京に戻ったということになる。
「宮部が出てきたというのは厄介だな。これあまず、何か大きな企みを持っているに違いねえ」
土方歳三は密偵らの報告を聞き、そう言った。
にわかに京の夏が騒がしくなる。
「よし、監察の者達は御苦労だが、くまなく探索にあたって貰う。どうやら一荒れきそうな様相だな」
と、近藤は唸った。
「ここらでおれたちが勤王連中を抑えりゃ、誰もが新選組の威勢を認めざるを得ねえ」
土方は、赤い唇を引き結んで言った。
とはいえ、世情は兎も角、己の事で手一杯の隊士らは成る程忙しなくなったと思うばかりだった。私用であっても、単独行動は出来るだけ避けるようにと、土方は隊士らに告げた。
「一人で飲みにも行けんのか」
と、斎藤は猪口を上げ、やや上目遣いで談笑している沖田と里世を見る。
六つ時、八木邸を出ようとすると、沖田が斎藤の背中を叩いた。
「駄目じゃないですか、一人でうろついちゃ。土方さんに言われたばっかりでしょ」
うろつく、とはまるで迷い犬呼ばわりだな、と斎藤は呆れたが、沖田のにこにこした顔を見ると、腹も立たなかった。この男は生来、屈託が無い。思ったままを口にして抑え付けられぬ育ち方をしたのだろう。おれの家とは偉い違いだ、と斎藤は江戸にいる口煩い母の顔を思い浮かべた。
「食事なら御一緒しますよ」
そう言って連れられて来たのが、四条麩屋町にある青柳亭だった。里世という女は、その小料理屋の娘だったのだ。
一人で来るのが気恥ずかしいのでおれをだしにしたのか、と斎藤は中っ腹だったが、酒を飲んでいるうちにだんだんどうでもよくなって来た。
しかし、沖田はただ、八木家の軒下に巣をかけた燕の話だの、為三郎のことだの言って里世を笑わせるだけで、艶めいた言葉の一つも掛けずに店を出た。
腕組みをしてじっとみている斎藤に、
「何なんですか。じろじろ見て、嫌だなあ」
「いや別に」
「言いたい事はわかります。でも斎藤さんと違って、こう見えても意気地無しなんですよ、私は」
沖田はぷいと顔をそむけて言った。斎藤さんと違って、という言葉はどういう意味なのだ。おれが女に手が早いとでもいうのか、と斎藤は些か不審に思った。誰がそんな事を吹聴しているのだ。
「いろいろ考えてしまうじゃないですか。私の事を弟みたいに思ってるのか、或いは只の常連だとか。そう思うと、言えませんよ」
一人で照れている沖田に、斎藤は返答の仕様が無かった。剣鬼・沖田総司も色恋の事にはてんでおねんねだ。それも沖田らしい。だが、斎藤は白々と言った。
「やめとけ」
え、と沖田は歩き出した斎藤を追い掛ける。
「ちょっとどういう……」
「やめたほうがいい、沖田さん」
斎藤は屯所とは逆の方向に足を向けている。明らかに祗園界隈に歩いているとしか、沖田には思えない。
「お里世さんが年上だから?今の今まで嫁いでいないのなんて、妙だから?それとも私のほうに問題あるんですか?」
斎藤は答えない。
「変なひとだなぁ、もう」
と言ったきり、沖田は追うのを止めた。斎藤に付いて行ったところで河岸かえて飲み直すだけだ。沖田はそこまで酒に強くない。汁粉くらいなら付き合ってもいいとは思うが。
(一)へ
(三)へ