(三)
青柳亭の主人は政吉という。五十がらみの精悍な顔付きの男で、悪く言えば仏頂面ばかりの無骨漢だ。数年前に女房を亡くして、一人娘の里世と二人住まいである。これが小料理屋の亭主かというような無口な性質だが、それには理由がある。
政吉は、京都奉行所の下っ引を兼ねていた。
髪結床や人の出入りのあるこうした店は、下っ引や密偵の多く利用する場所であり、そうした背景から政吉も自然と尊攘浪士や犯罪人の捕縛に関わるようになったのである。
青柳亭を利用していたのは、元々監察方の川島勝司であった。川島は山城の出身で、京の地勢に敏い。その川島の顔で、沖田が青柳亭を知ったのだという。
険しい人相の政吉が親爺とあっては、流行るはずもない小料理屋だが、よくしたもので、一人娘の里世は愛想が良くて、そこそこの器量良しだった。細腕で店を切り盛りし、政吉を助けている。
「お父はんが心配で、お嫁に行けしまへんのや」
という冗談めかした事を言いながらも、その実商売が好きなようだ。生来の世話好きなのか、近所の子供の面倒もよく見ているらしい。
おせいという娘は、青柳亭の裏の長屋の子で、母一人子一人の暮らしである。何でも、去年に父親を遠方で亡くし、母親は通い奉公をしているので昼間は留守がちである。
おせいは、少しでも生計
(たつき)の助けになるようにと、切花を売って歩いているのだが、十二やそこらの小娘の一人歩きは昼間でも物騒だと言い、里世は暇があるとおせいを手伝って一緒に回っているのだった。
実際、近藤勇が大御番頭取に取り立てられた昨今、京阪の奉行所配下の目明しや下っ引まで随分と新選組の為、御公儀の為に立ち働いている。
政吉もその一人であり、いわば身内のようなものだ。里世も政吉の娘だけあって、口さがない京童
(きょうわらわ)とは違い、新選組には一体親しみを持っていると見えた。
斎藤は沖田と別れたあと、祗園で飲んでいたが、九つも過ぎたので西ノ町の裏店を出た。少し酔っていたので、足駄を鳴らして大股な歩みになる。
四条大橋を渡り終えた時、後を付け狙われているような気がしたので、わざと細い路地
(ろうじ)に入ってみた。
すると忽ち鞘走る音がしたかと思えば、男達が三人、狂い立ったように斎藤目掛けて打ち込んできた。
斎藤は拝み打ちに打ち下ろす刀を避け、下段から抜身を繰り出す。深い手応えを感じ、斎藤は満足した。
「やはり新選組か」
何れかの男が口走る。薄暗くてよく顔は見えないが、声からすると斎藤と似たり寄ったりか。
「成る程斬り応え充分というわけか」
斎藤は血刀をやはり下段に構えた。斬人において、二十歳くらいの人間の身体は適度に斬り応えがあって、やりやすい。幼少のうちは骨身も柔らか過ぎるが、かといって歳を取るとだんだん固くなる。斎藤自身も二十歳そこそこの若さであり、また相手もそのようだった。
斎藤はそのまま体をやや右に開き、摺り足と見せて大きく踏込んだ。逆袈裟の一刀が入る。すると、残るもう一人の男が斎藤の脇へ滑り込んだ。
斎藤は刀の棟で撥ね避けようとして、躊躇った。間近に見た敵の刀の閃光が、国重の刀身の中ほどを打つように見えたからである。まともに響けば折れるかも知れない、という判断が斎藤の身を退かせた。そして、切先を捻るようにして突きを入れた。
硬い手応えを感じた。だが、二太刀を入れる事はしなかった。男は股
(もも)を突かれたようであるし、それで充分だろう。浅手ではない。歩行に不自由ならば、そう遠くへ逃れる事は出来まい。
斎藤が路地を出ると、虚無僧
(ぼろんじ)姿の男が姿を現した。
川島勝司である。
「男を斬った。足に怪我を負わせた。そう遠くへは行っていない」
斎藤が肩を合わせつつ、振り返って言う。川島は軽く頷いた。編笠の下から無精髭を生やした口元が覗いた。
「この上
(かみ)に割木屋があります。その店が怪しいと睨んで張り込んどったんです。其処へ逃げ込んだようなら、本決まりですな」
と、川島は上方訛りで言った。
西木屋町四条上る真木の割木屋(薪炭商)、それが桝屋だった。
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