(六)
三々五々、隊士達は壬生村を出て行った。
いちどきに大勢が固まっているのは誰が見ても実に怪しい。日暮れ時、斎藤も一人でそぞろ歩きながら祗園の集会所へと向かった。
糠雨の上がったあとの薄闇は、いやに熱気に包まれている。粘りつく暑さだ。江戸ではこういうこもった暑さがない。斎藤もまだ慣れないが、京の夏が初めての隊士達は辟易していることだろう。
六月五日。祇園祭の宵山の前日で、鉾の引き初めが行われていた。
いつになく町筋が賑わっているのも、その所為だ。延々と祗園囃子の稽古が続いている。
人が多いのは好かないと思いつつ、こういう日だからこそ古高らの計略は有り得るのだろう、と斎藤は思った。
古高は土方の苛酷な拷問の末、恐るべき計画を吐露した。
在京の同志を募って兵を挙げ、烈風の日を選んで御所と荒神口の中川宮邸に放火する。
火災によって邸を逃れた中川宮と、御所の大事に馳せ参じるであろう京都守護職・松平容保を道筋で討伐する。他方、黒谷の会津本陣へ討ち入る部隊として、長州の久坂義助(玄瑞)らに出兵を求めていた。
前年八月十八日の政変を実現させた新幕派の匹頭、中川宮と松平容保に対する怨恨に始まった計略であった。
ただ、古高の持っていた書付や、古高本人の口からは、その日時を知ることが出来なかった。
古高もそこまでは掌握していなかったようだ。
古高捕縛の件は、京都所司代の立てた高札により、一夜にして普く尊攘志士達の知るところとなっている。恐らくはそう悠長に構えていられないだろう。これ以上警戒が行き届かないうちに、今日明日にでも決起があるかも知れぬ、との近藤の判断で隊士達に非常召集が掛けられていた。
斎藤が青柳亭を覗くと、既に知った顔がいた。
「斎藤さん」
沖田が八重歯を見せて笑った。
里世が羞含むような微笑で会釈する。斎藤は、沖田に向かい合って座った。沖田は里世が台所に戻ると、
「祇園祭をね、見に行かないかとお里世さんに言ったんだ」
斎藤に耳打ちするように言った。声の弾み具合からして、色よい返事だったのだろう。
「よかったな」
と、口先では言いつつ、斎藤はちらと里世のほうを振り返った。どういうつもりなのだろう。川島の話では、喜助という男と上手くやっているのではないか。そのうえで沖田に思わせ振りな態度なのか。
それにしてもまさか里世は相手が勤皇の連中と知っているのか。いや、知らないだろう。知りもせずに此方の情報など迂闊に喋られていては堪ったものではない。
「どうしたんですか、険しい目付きして。ま、いつもと変わらないか」
「いや、明後日沖田さんが見廻りに当たってたかどうかと思って」
「大丈夫ですよ。左之助さんに代わって貰ったから」
沖田は明るく答えて、とろろ飯を掻き込んだ。
「けど、ほんとぬかってるよ、谷さんたち。あれほど蔵を厳重に見張っておけって言われてたのに」
昨日の昼、桝屋の隠し蔵に押し入りが来たことを言っている。
十四、五人の浪人たちが押し掛けて、武器を封印していた蔵を無理矢理抉じ開けて何もかも奪い去ったのだ。見張り役だった、谷三十郎他数名の隊士らは、あっさりと逃げ帰ってきた。
そうなるといよいよ決起が近いことが判る。町の彼方此方に高張提灯が立っていて、各藩兵達も待機しているというのに、その重々しい警戒の隙間を掻い潜って武器を取り返しに来たのであるから、志士らの密議はほぼ今夜に間違いなし、と見えた。
しかし、沖田、斎藤この二人の周囲には平生と同じ空気が漂っていた。良くも悪くも己の都合を変えない剣士二人である。まるで陰と陽のように相反する二人に通じる面は、その性癖と上背があるということのみであった。太刀筋も容姿も全く違う。
「ああ、お腹いっぱいになった。そろそろ私は出ますよ」
沖田は満足気に腹を叩くと、立ち上がった。軽い咳をする。
「何かやる気が出て来たなあ。斎藤さんも島原通いや難しい顔していやらしい本ばっかり読んでないで、好きな人でも作ったらどうです。気も晴れますよ」
と、斎藤の肩を叩き、沖田は出て行った。余計な御世話だ、と斎藤は酒を飲み干した。それから程無くして政吉が戻ってきたのを見計らい、里世が奥に消えたのを見ると、青柳亭を出た。
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