(七)

 斎藤は店を出るとすぐに裏口に回り、里世が出て来るのを待ち伏せた。裏木戸を開けた里世は、斎藤を見て一瞬吃驚した。だが、すぐにその強張りは解けた。薄っすらと刷いたような笑みが白い面に浮かぶ。
「何処へ行く」
 斎藤は咎めるように言った。その横柄な感じのする物言いに、里世は少しむっとなった。
「お話する筋合いはおへん。ちょっとそこまで」
 京の人間は言葉を濁して直ぐにそう言う。だが、今の斎藤はそれを挨拶代わりに聞き流すつもりはなかった。
「角の酒屋どす。お店のもん切らしてしもうたらあきまへんよって」
 里世はつっけんどんに答え、そのまま出て行こうとした。無意識かどうなのか、取り付く島も無い程に冷たい顔付きではない。ちょっと男心を擽るような拗ねた言い方だった。
「あんた喜助とやらいう若旦那を知ってるだろう。ここにはよく来るのか?」
 ええ、と里世は答えた。
「大坂、船場の材木問屋の旦はんやそうどす」
 そんな口から出まかせを真に受けるとは、年の割には未通女い(おぼこい)じゃないか、と斎藤は思った。
「この間来た時、左足を引き摺っていなかったか?」
 はあ、と里世は少し考え込んだ。
「そう言われたら。でも座っとおいやしたから、ようわからしまへん」
 小首を傾げる何気無い仕草に、媚を感じた。
「おれが刺したのさ」
 だが、斎藤は里世のとぼけた返答を無視して、皮肉めいた微笑を片頬に浮かべた。里世の顔が再び強張った。
「冗談はやめとくれやす」
 そう言いながら、喜助という男がどういう素性を持つのか、思い巡らしたようだった。新選組の斎藤一が無条件に斬り付けるような正体なのだ。
 親爺の政吉の副業を考えれば敵対する男が、ひそかに身分を偽って里世に言い寄って来ないとも限らない。喜助がそうだとしたら、何も知らぬのをいい事に里世は父親にも不義理を働いたことになってしまう。
「奴にうっかり喋ってしまったような事でもあったか」
 斎藤は言った。里世は首を横に振る。顔色が白紙の様だった。
「いいえ。商いで何処へ行ったとか、そういう話をしてくれやしたんで、聞いとっただけ。祇園祭に行きまへんか、言うたら、その晩は大事な商談があるよって断られましてん」
 それで代わりに沖田の誘いを受けたのか、と斎藤は半ば呆れた。それにしてもやはり、密談は今夜か明日、少なくとも祇園会にあるのだろう。
 狼狽の色を見られ、里世は俄に噴出した小汗を手の甲で拭った。白粉の匂いが立ち上る。
「沖田はおれと違ってあんたを露ほども疑っちゃいない」
 斎藤は言った。里世は背を向けた斎藤をじっと睨んだ。
「もっとも、奴の存在を知ったところで沖田が怯むことはないだろう。おれに突かれるような腕前ではな」
 斎藤は祗園に向かって歩き出した。背中で「おおきに」という里世の声を聞いた。
 京言葉の「おおきに」には二通りある。
 「おおきに。有難う」の感謝の意と、「おおきに。もう結構」の遠回しな断りの二つである。斎藤には、後者のように聞こえた。
 
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