(八)

 密談の場は、絞られつつあった。肥後藩御用達の肴屋であったが、今は旅籠を営んでいる小川亭、そして土佐藩士がよく利用する四国屋。或いはその二つの宿の周辺と考えられた。いずれにしても、一軒一軒あたってみるしかなさそうだという事になった。
 ところが、三条界隈に探索に出ていた島田、川島らが戻ってきたものの、結局五日の晩はどの宿が怪しいのか判らず終いだった。
 明けて六日。祗園会所より、三十四名の新選組隊士が三手に分かれ、出発した。
 近藤率いる一隊十名、土方隊二十三名、井上源三郎の隊十名は、四条大橋手前の縄手四辻で別れた。
「ゆめゆめ油断するなよ」
 と、いう土方に近藤が力強く頷く。
 斎藤は土方の脇で近藤隊を見送った。沖田の背中が軽やかに遠ざかって行く。新選組あるいは幕府の命運をわかとうという一大事になるやも知れないのに、普段と変わらない沖田はやはり沖田らしい。
 二十三人の土方隊は、縄手通りを北上した。ここら辺りの旅籠や茶屋は構えも大きい。四条から三条までの間はそう遠くなく、十間ほどなのだが、筋ごとに軒を連ねる店を改めつつ進むとなると、大層な手間であった。
 目星をつけていた本命の小川亭へ踏込んだ時、斎藤は宿改めの一声が上がる前にふと気付いた。
 ここは違うのではないか。
 何故そう思ったのかは自身にもよく判らなかったが、川島勝司から聞いた男の名前がふと頭を過ぎったのである。
「長州……」
 斎藤の呟きを、土方が聞き逃さなかった。
「長州定宿を探せというのか?お前の勘が当てになるのか」
 土方は苦笑した。結局、小川亭には尊攘派はいなかった。祇園祭を楽しみに来た近郊の客が大勢いただけだった。
 土方は三条小橋の池田屋を思い浮かべた。木屋町三条を上がった四国屋がほど近い。近藤らが詮索しているなら、そちらも行くだろう。しかし、そんな間近にいるのだろうか。だとすれば、小勢の近藤隊は危険極まりない、と考えた時、浅野がやって来た。息せき切って、血の気も引いている。
「い、池田屋です」
 土方と斎藤は顔を見合わせた。
 土方隊が池田屋に到着した時、既に宿内は血臭に満ち、騒然となっていた。表から回る井上隊と、一人たりとも逃がすまいと裏口へ回る土方隊の二手が加わった。
 灯りが無い。
 斎藤は、これ程の凄まじい闇討は初めてだった。面を打ち込んで来た敵を身を開いてかわしつつ、胴を薙ぐ。天井が低いので、屋内で大上段に構えるのは無理だ。しかも、頼りになるのは月の無い夜の微かな敵に白刃の光という皮肉な舞台である。
 しかし、斎藤は懼れつつも斬人の狂気にどっぷり心肺を満たしていた。
 中に進んで行くと、生臭い臭気を発して転がっている浪士の死骸の間に蠢く影が見えた。敵のものとも味方のものとも判らない、甲高い絶叫が聞こえた。
 そのあとの矢声(やごえ)は、永倉のものだろう。
 斎藤は、血刀の切先を男に向けた。鬼神丸国重の照り返す互の目刃文が、ほんの少し男の顔を明らかにした。更に近付くと、はっきり判った。
 口から血を垂れ流し、髻を乱れるがままに乱れさせた男は、鳩尾を押さえて蹲っていた。犬のようにぜいぜいと鳴る息が斎藤の耳元に聞こえるようだった。その左手首は失っている。
「喜助」
 と、呟く斎藤の声に男は反応した。
 男は斎藤の顔を見上げた。もう見えていないのかも知れなかった。手探りで足元の小刀を拾い、男は自らの下腹に刃を突き立てた。血脂が乗っていて、斬り難いのか、何度も深く押すようにして呻きながら男は果たし遂せた。成る程、手負いにしては見事な切腹、と斎藤は項垂れた喜助の顎を持ち上げた。
「長州藩士、吉田稔麿」
 斎藤は微かな笑みを闇に包み、再び白刃を翻しつつ戦闘に加わった。
 
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