あとがき

 斎藤一にとっての池田屋事件を描いてみたかった。ほとんど、クローズアップされることはないだろうし。
 推敲の為に読み返してみて、今まで書いた小説のなかで、斎藤絡みの小ネタでいちばんよく登場するのは土方だ。斎藤にヒントを与えたり、無理難題を押し付けたり。今回も笑わせてくれるようなネタの仕掛け人になっている。どうやら、私は土方歳三もかなり好きなようで。
 それにしても、9話を書いている時がいちばん楽しかった。自分で書いて何をどきどきしてゐるのだ、と思いつつ。
 「壇ノ浦夜合戦記」という艶本は、やはり頼山陽の作だといわれるそうで、文体は本文に示した通り、実に格調高いのだが、内容は要するに源義経が建礼門院徳子を凌辱するという話を中心に、夜の合戦記にしてある。頼山陽は幕末の儒者で、丁度新選組の時代の少し前に活躍した人物。「山紫水明処」という書斎が現在の丸太町通の上手、茶屋の多かった三本木付近にある。
 実際に見に行ったことがあるのだが、当時、一枚で家が数件建つと言われた「ぎやまん」を障子に四枚も嵌めていた。むろん当時のまま残されている。窓からは鴨川の流れが一望出来て、夏は大文字の送り火も見られるという。庭は鴨川からの水が流れ込む井戸があって、今は枯れている。京の建物なので何か賊が襲ってきた時に逃げるための抜け道とか仕掛けはないのか、とさがしてみたが判らなかった。昔はあったのかもしれない。
 きわめて贅沢な書斎だったが、こんなところで「壇ノ浦夜合戦記」を書いたのだろうか、と思うとちょっとおかしかった。
 

 池田屋事件において、吉田稔麿は「乃美織江覚え書」によると、援軍を頼めない事を知り、長州屋敷前で自刃したことになっている。享年二十四。
 作中では物語の都合上、脚色を加えた最期にした。
 記録としては、斎藤一の池田屋事件での活躍は残っていない。
 『会津藩庁記録』の「公武御達扣」によると、八月四日の手当では「金十両、別段金七両」の項に名が連なっているので、別働隊から参加した者としてはそこそこに働いたものと思われる。
 監察の川島勝司は山城の生まれで、禁門の変にも活躍するが、のちに臆病を理由に隊をやめさせられる。脱隊後、新選組を騙って金策したかどで斬殺されている。川島を斬ったのは薩摩出身の富山弥兵衛であるらしいが、この話も興味深いのでのちのち物語にしたいと思う。
 京女は一途だというが、基本的に変わり身ははやいんではないかと思う。京都人そのもの(京洛に限って)がそういう性質を持っているのだという気がする。ノリがよい。でも気性や算盤勘定はしっかりしている。
 都であるがゆえに方々から文化や人が流入する、そんな場所だからこそ表は柔和に内側では自己のアイデンティティを確立していなければやっていけない。私自身も京都に移り住んだからこそ思うのだが、決して排他的ではない。むしろ、それは地方の町村に行くとより色濃い排他性が見られる。そんな野暮なのでは「粋なみやこびと」は駄目なのだ。
 それだから、金払いさえよければ尊攘浪士が集まることにも寛容で、新選組という異質のものも受け入れられたのではないかと思う。京童は、戦とはいえ町をさんざん焼き払われて、悪口も言い放題に言ったわけだが、決して彼等に出て行けとは言わなかった。京都だからこそ、新選組は存分に御公儀の為に暴れられたのだ。新選組を育てたのは一つには京の町であり、これが京の懐の深さだと思う。


 【参考書籍など】
 『新選組・斎藤一のすべて』 新人物往来社(2003年)
 『新選組全史/幕末・京都篇』 中村彰彦 角川文庫(2001年)
 『日本史総合年表』 吉川弘文館
 『江戸禁断らいぶらりい』 阿刀田高 角川文庫


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