(十一) 新潟の同盟軍

 梅雨去りの空は明るく輝いて、堀を緩慢にたゆたう白い水面が陽光を照り返していた。
 続く白壁と広大な家構えが此の地の繁栄を物語る。
「血腥い戦なんぞ、何処吹く風というような街じゃな」 
 三ケ日又市は呟いた。
 但し、海岸の砂丘に物々しい砲台がなければだが。
 幕府天領であった新潟は、六月より奥羽越列藩同盟に管理されていた。奉行所は同盟の会議所となり、各藩の代表者が其処に毎日詰めていた。
 常詰なのは、米沢藩の軍総督・色部長門のみで、実質色部が新潟を取り仕切っているようだった。
「さて、如何程あの砲台が活躍するかのう」
 と皮肉を込めて言ったのは、別所伊織だった。
 米沢藩が統治するにあたって、会津藩軍事顧問であるヘンリー・スネル(平松武兵衛)の指導により、新たに四つの砲台が設営された。
 日本海の制海権は、すっかり西軍に握られている。ゆめゆめ油断ならないのである。
 桑名軍は、柏崎を退去していた。西軍は安心して国許と柏崎港、今町を往復し、物資を送り込んでいる。せめて、否唯一の軍港である新潟だけは死守すべし、というのが同盟諸藩の暗黙の了解事項となっていた。
「同盟軍では、何やら鉄船を入手しようという噂ですが」
 又市は言った。
 この男は、またしても薬売りのなりで、同盟会議所に出入りしていた。
 といっても、色部と直に話したわけでもない。使用人を通じて聞いた話である。
「鉄船?」
 伊織は訊き返した。
「メリケンから幕府が購うた船だとか」
「あの船をか」
 伊織は誰に言うともなく、呟いた。
 鉄船とはつまり幕府が米国から購入した砲艦ストーン・ウォール号のことである。木造の本体に分厚い装甲を張り、六門の大砲を持つ。この代価五十万ドルのうち四十万ドルは、既に幕府が支払っており、現在は横浜港に繋留されていた。
 残金十万ドル(約七万両)を支払えば、この新型軍船を入手出来るというのを持ちかけたのは、例のプロシア出身のスネル兄弟で、同盟は一も二もなく話に乗った。
「二万両を新発田、残り一万両ずつ米沢、会津、庄内などで負担するとかで」
「同盟は余程か新発田を信用していないとみえる」
 ふん、と伊織は笑った。
 溝口半兵衛の、あのへの字口の仏頂面が目に浮かんだ。
「それにしても、今更軍艦など買うて何とする。よもや呑気に海戦にこぎつけようというのか。そんな事をしてる間に、いずれこの新潟にも西軍が押し寄せるぞ」
 新政府軍はこの頃、本営を関原から長岡へと移していた。
 どうやら戦況が一進一退なのは、新政府側でも薩摩と長州の間で内輪揉めがあるようで、とりわけ両参謀の山県狂介と黒田了介が犬猿の仲という事情もあった。
 同盟軍にしてみれば、そのことはわからない。
 参謀同士の相性如何、このままもし信濃川を下って先陣を進攻させると同時に、一方阿賀野川を右へ入って水原代官所を陥れれば、隣接する新発田は震え上る。
 いつ同盟に反旗を翻さないとも限らない。内奥すれば、すなわち藩領の島見浜、太夫浜へ新政府海軍が上陸する。
 新潟は陸路、海路の挟撃に遭って終わりだ。
 横浜から新潟までストーン・ウォールを持ってくる間に決着はついてしまうではないか。
 伊織は、余りに悠長な同盟諸藩の作戦にうんざりした。
「河井どのがストーン・ウォールの購入に難色を示されるのもうなずける」
 のである。
「この戦は短期決戦に如かず」
 と、河井継之助は見据えているだろう。長くて、この冬を越すべきではない。
 諸藩の参謀の中には、「南国で育った西国兵など、奥羽の冬の厳しさには持ちこたえられまい。冬が来れば我が軍の勝利は目に見えたようなもの」と言う者もいるようだが、戦況はそう甘くない。
 すっかりこの数ヶ月で兵は疲弊しきっているし、物資供給の拠点が仙台寒風沢(さぶさわ)港、庄内酒田港、新潟港では不足している。冬を乗り切る程の備蓄が可能とも思えない。
「第一、新発田藩の如き獅子身中の虫を抱え、米沢、会津、庄内の大藩が各々牽制し合っているようでは心許無い」
 伊織にはそう思える。もとより同盟とは関わりを持つべきではない幕府の人間であるが、薩長の行わんとしている事は、玉体を担いだ権力闘争にように見える。
「ただの私闘に大義名分を持ち込んでいる」
 そう感じられるのだ。戦争が長引けば長引くほど、恐らく初めの大義を忘れ、敵難しになってゆくのは間違いない。ゆえに、始まってしまった戦は出来る限り早く終結させるべきだ。
「互いを憎しと思い募り、無辜の民を巻き添えにすることこそ、主上もお望みにはなるまい。亡き昭徳院様も急度、そう思し召されるだろう」
 伊織は、この数ヶ月旅してきてつくづく思った。
 さりとて、徳川宗家の恩顧に報いぬわけにもいかない。会津宰相・松平容保、そして桑名中将・松平定敬もその故に戦っているのだ。
「さて」
 と、伊織は又市を見遣った。
 二人が歩いているのは、海風も涼しい砂浜だった。宿営させて貰っている知恩院の末寺を出て、半里も行かないうちに白浜が続く海岸線へと出た。
 港は近い。
 元の奉行所である同盟会議所へ向かう。
 新潟へ来たのは、新発田藩の動向がある程度見切れたからではない。よもや衝鋒隊はこの時後方に退いていた。代わりに、あれほど渋っていた新発田藩が前線に出されるという皮肉な持ち回りとなる。
 戦闘は、不気味なまでの膠着状態が続いていた。
 つい二日程前、会津の軍監が新潟を訪れ、旧幕府歩兵奉行の大鳥圭介が伝習兵を引き連れて、会津若松に身を寄せる事になったという情報をもたらした。
 今や、新潟奉行に等しい色部長門は、円満な面持ちで、会議所を訪れた伊織にこの事を告げた。
「スネルどののお蔭で、砲撃訓練もはかどっております。この上、六十里越えに大鳥どのの伝習隊が一千兵も駆け付ければ、前線も一気呵成に盛り返すやもしれません」
 本気でそうお思いか、と伊織は問い返したかった。
 伊織は、己の身分を色部には正直に明かした。尾州侯の手下と名乗るほうが危ういからでもあり、或る意味色部のような、けれん味のない武張ったことの好きそうな男に隠し立てしても、仕方がない。
 それに、伊織が幕府の犬とわかったところで、態度を変えるとも考えられなかった。
 事実、色部の内面は兎も角、見た目は泰然として変わりなかったのである。
「大鳥どのが、一千二千の軍勢を率しているとは思えない。江戸を発った時でも、せいぜい五、六百。戦線の北上するに従って、日光で失った分を募って補うとも、四、五百兵もいれば御の字」
 幾ら名うての軍略家といえども、引率される兵の素性を考えると、伊織の推測でも多過ぎる程かもしれない。
 一千以上に膨らめば、俄仕込みの軍隊では統率が行き届かない。日常、訓練を積んでいる藩兵でさえ、実地に立つと厳しいだろう。
 衝鋒隊の古屋ですら、やはり四、五百が限度と見えて、ほぼその人数を保って増減を繰り返している。
「総督ともあろうに、やはり戦の只中というのは己を過信しがちになるのか」
 伊織は、色部の態度にそう感じた。
 無論、日々緊張感はあろう。だが、色部の口調は何処となく悠長にも見えた。
「ときに別所どの」
「何でしょう」
「我々が新潟奉行所を引き継いだ時、蔵の公金が空だったのですが、幕府に返還されたか否かは御存知でありましょうや?いやはや、阿屠物(あとぶつ)の話など、お恥ずかしい限りですが」
 金か、と伊織はふと磐越街道ですれ違った松長長三郎らを思い出した。
 成る程、同盟軍は金策に困り始めているらしい。スネル兄弟から武器を購い、これからストーン・ウォール購入の交渉にかかっている。金は幾らあっても足りない。
「口にするということは、かなり切羽詰っているのだな」
 伊織はそう見抜きつつ、首を傾げて見せた。
「存じませぬな。それがし、三月に府内を出て以来、西ノ丸へは一度たりとも戻っておりませぬし、文も受け取っておりませぬので、そういった事は」
 黙っているのが、松長との約束である。
「然様にございますか。いえ、蔵を開けましたら、千両箱ならぬがらくたの様な物ばかり積み上げられておりましたので。まさか、公金が其処に隠されておるでもなし」
「がらくた?」
「花火を上げる大筒のような物ですな」
 色部はほたほたと笑った。
 伊織は、妙に引っ掛かった。あとで蔵に入ってみる必要があるだろう。
 そう思うと、色部と歓談している時間も勿体無いような気がして、そわそわした。
 だが、色部は後日スネルらとまた会談があるので是非出席して欲しいだのと言い出したりして、話を打ち切りづらくなってきた。
 其処へ、
「御面談中、まことに失礼つかまつります」
 と、使番の者が飛び込んで来た。
 伊織は内心、ほっとした。だが、それも束の間、若い使番は驚くことを告げたのである。
「松長長三郎どのら四名、お戻りになられました」

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