(十三) 西軍上陸
七月二十日。
列藩会議所に召喚された松長ら旧新潟奉行所役人が、捕縛された。
「磐城平より新潟へ戻って来たという理由に不審がある」
として、色部長門らは、庄内と仙台へ、それぞれ二人ずつ預けるという処置を行った。
「狙いはやはり公金か」
伊織は唇を噛んだ。
「取調べを受けているようですが、どっちの陣屋も近寄り難いですわ」
又市は、定斎屋の荷を解きつつ言った。
十九日の晩、会議所に忍び込んだのがまずかったようである。番士が又市と松長を取り違えたというのもある。蔵の中を物色していたのではないか、と色部に難詰され、松長は黙秘したまま引っ立てられた。
「私を庇って、松長どのは」
伊織は袴の股立ちを高く取り、清麿を携えて厩に回った。
「松長様を助けに行かれるのですか?」
「然様」
「しかし、伊織様が参られますと、松長様との係りも色部らに話さねばなりませんよ」
「公金が江戸に戻っていることを知れば、釈放して貰えるやもしれない」
すると、又市は大息を吐いた。
「これだぎゃ、お嬢様はとろくせゃあ」
「は?」
「お嬢様育ちは素直すぎてあかん言うのです。伊織様は頭はええが、お人も好過ぎる」
又市はにやにやと笑った。
「あの色部という総督も、ちっともけれん味がにゃあで、松長様を疑うてはかかっても、それ以外の考えはありゃせんですよ。所詮は世間を知らんのです。真正面からは公金を出せったって、幕臣の皆々様にも体裁はあろうもんを」
又市の言う事も道理である。
「色部や松長に、新発田の溝口半兵衛ほどのふてぶてしさがあればな」
と、伊織は言った。
「そのふてぶてしさがありゃあ、会津も桑名もあの二股膏薬のように立ち回るでしょうが、それならそもそもここまで薩長に憎まれもせなんだでしょう」
「尾州侯に仕えるおぬしが言えた義理か」
「いや、一本取られました。愚身は語るに落ちるとは、このことですかのう」
又市はそう言って、頭を下げた。
「とまれ、松長様の様子ではそれがしが探って参りますゆえ」
そうして、又市は小走りに寺を出て行ったのだった。
だが、それから数日と経たない七月二十五日の早朝、伊織は海岸へ出て、ある光景を目にした。
港の沖を蒸気船が北上していた。なべて、六隻である。
「西軍の軍艦か。いよいよ来たか」
慌てて仕度をし、会議所へ寄ると、やはり沖を通過していったのは軍船で、恐らくは阿賀野川河口付近に上陸するのではないかと色部らは推測していた。
米沢藩からは、使者が派遣されたが、気付いた時にはもう既に阿賀野川を渡行することは出来ず、
「官軍様の舟止めでして」
と住民に言われ、すごすごと引き返してきた。
「なにっ。もう奴等は松ヶ崎まで押えているというのか」
色部はいきり立った。この迅速さからすると、上陸地点は新発田藩領の太夫浜と考えられた。
「色部どの、沼垂は今頃もぬけの殻ですぞ」
伊織の言葉に、色部は黙って外を睥睨するだけだった。
新潟と信濃川を挟んで対岸の沼垂には、二百人程の新発田兵が駐留していた。太夫浜に西軍が上陸したという時点で、こっそりと密使が沼垂に走っていると見て正しいだろう。
新発田は早くから伝令を整えている筈だ。今、新潟が西軍の情報を知ったという時点で、彼等は沼垂を出ているに違いない。
伊織は、こうした時の情報戦の動きを熟知していた。
「新発田が内応し、ゆえに太夫浜に上陸の手引きをしたか」
色部は歯軋りした。
「内応が先か上陸が先かは、まだ何とも言えませぬが、いずれにしても上陸が決め手でしょうな。すぐにも寝返る体制が整っていた」
「貴殿は御存知だったのですか?」
「いえ。溝口半兵衛という家老には会見しましたが」
「何故、ご注進下さらん」
色部は激昂した。色白の額が真っ赤になった。
「私の立場をご配慮下さい。幕府の人間は、上様の御恭順を妨げることは回避せねばならんのです」
伊織はつとめて冷静に言った。本心とは言いかねるが、命令は命令なのである。それに、密偵としてのこのこ外部に顔を出している場合ではない。
「松長どのも私と同じ立場です。釈放なさい。さもなくば、私も捕縛しますか」
「な、何をこの非常時に仰る。いよよ戦局を迎えんとする時に」
色部がやきもきしている間に、斥候が戻って来て報告を始めた。
太夫浜に上陸した西軍は二手に分れ、新発田と新潟へ。内応した新発田の駐留兵がいた沼垂は、兵が引揚げられ、西軍に合流した様子。
「明日より新潟は戦場となる」
色部は重々しく、一言だけ呟いた。
風光明媚そして色の街新潟が西軍の荒くれ兵に蹂躙される、その姿を思い浮かべるだけで、守備藩士らはおろか、住民の誰もが血の気を失った。
翌二十六日朝、松ヶ崎から渡河した西軍は、夕刻には沼垂に辿り着いた。
もうその日のうちに、対岸から新潟の街へは砲弾が撃ち込まれ始めた。
町民は、大急ぎで西の寄居浜や日和山へと逃げた。
秋の気配が近付く中で、まだ防風林の掛小屋などにもぐり込めた者は幸い、野宿をしなければならない者も多くいた。
砲弾の音や煙で、留守宅を守っている者や警備の同盟兵らも慄いた。
「こうなると、新潟の守り難さはまさに致命的だ」
伊織は思った。彼等は会議所で一夜を過ごした。
北方は海、そして信濃川でぐるりと囲われ、河口地帯の為に平地である。敵からは丸見えで御し易い。退路といえば、僅かな地峡しかない。
「新潟勢のみ逃走するには、それもよかろうが、柏崎を押さえられている以上、長岡、与板方面の兵が退くには阿賀野川沿いの退路を切り開くより方法はなかろう」
すなわち、会津領へ退くということになる。
「それも新発田の追撃が始まらないうちに」
だが、色部はそれをよしとしなかった。
「対岸で我等を狙うとるのは、あの裏切者の新発田の奴らですぞ。あ奴らに背を向けて逃げることは、もってのほか」
新潟は同盟軍の日本海における唯一の軍港であるから、手放すわけにいかない。色部の主張は正当といえる。
会津勢も新津から阿賀野川に沿って、津川へ入ることを勧めたが、色部は頑として聞き入れなかった。
最早、各々が自藩の説を主張している場合ではないのだが。
「色部は此処を己の死に場所と決めているのだろうか」
と、伊織は覚った。
「後世にまで、新潟を見捨てた腰抜けと言わせるまい。それが米沢武士の誇りというわけか」
伊織は、色部のおっとりした横顔を見詰めたまま、今後は何も口出しすまい、と思った。
信濃川を挟んでの、激しい銃撃戦が続く中、くだんの松長長三郎は奉行所を出され、町内の仲手代
(なかてだい)の宅に預け換えとなっていた。
仲手代は、港の移出入の税金を取り立てる仲会所で、その官舎に入れられたのだ。
仲手代らは武士ではない。奉行所の如く厳しい監視はない。尤も、新潟が戦場となった今、色部らも松長らを見張っている暇などなくなった。
伊織は又市からその事を聞き、白山堀に面した仲手代宅へと向かった。
「監視などあってないようなもの。これ幸い、と脱走でもしてくれているといいのだが」
そう思いながら官舎を訪ねると、留守役がおっかなびっくりの顔で出て来た。
「ああ、松長様ですか。一刻程前に法音寺に出かけられましたけんど」
「法音寺?」
「松長様の仮菩提寺ということで、お参りに」
伊織と又市は顔を見合わせた。
「朝餉は召し上がったか?」
「いえ、薄粥を一杯」
留守役の答えを聞くか聞かぬかで、伊織は立ち上がった。
「莫迦者。すぐに法音寺へ人を寄越せ。否、松長どのの部下を遣って探し出せ」
突然、怒鳴り付けられた留守役は、面食らって奥へ駆けて行った。
「伊織様、薄粥が何か」
言い掛けた又市を、伊織はきっと見据えた。
「知らいでか、おぬし。武士が病でもなかろうに、飯も食わずに粥だけ啜る――切腹の作法じゃ」
そう答えた時は、既に黒馬に跨っていた。
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