(四) 溝口半兵衛の秘策

「我が秘策的中せり」
 胸中の蟠りが、やや解ける音を溝口半兵衛は聞いた。
 彼は只今、自宅の湯殿に居た。背中を流す小姓が一人居るだけで、誰も気兼ねする必要がある者はいない。
 だが、物言わぬ能面のような小姓の前でも嘆息、或いは安堵の息さえ洩すには至らなかった。
 七つ刻、新発田城裏門から二挺の駕籠が忍びやかに出て来た。
 越後下関にある米沢本陣へ赴く十四歳の藩主・溝口直正と、家老・溝口内匠、僅かに伴として随う藩士達であった。
 その駕籠が東へ出て数町も行かぬうち、前方三ツ屋口に異変が起きているのが、藩士らには見えた。
 駕籠が近付いて行くと、黒い群集が乱れた。
「上杉の本陣へはお行きにならんで下せえ」
 割れ鐘のような痛切な声が飛んで来た。それを皮切りに、民衆は口々に叫んだ。
「どうが、どうが行がんでくんなせえ」
「人質にされておしまいだけえ」
「会津や米沢の言うなりにだけは勘弁ならねえ」
「お殿様は、おらたちが守らんばねえ」
 駕籠からは、慌てて溝口内匠が半身を出した。
 群衆は、城下の町民ばかりではない。在方から集まった農民も多くいた。
 彼らは九尺余の竹槍や棒を携えていた。中には、ぎらぎら光る素槍を持っている者もいる。
 藩士を走らせると、道々には柵が立てられ、橋を落としてあった。川は堰き止められ、水が溢れ出している。
 駕籠は立ち往生した。
 やがて、城内から重臣らが駆け付けた。
 半兵衛も外へ出た。内匠らとともに、叫んだ。
「道を開けるのじゃ、道を」
 だが、群衆は容易に動かず、じりじりと暮色の深まる中をおしくらまんじゅうの如く動いて、ようやっと直正を乗せた駕籠は、清水谷の別邸に入る事が出来たのだった。
 竹槍を携えた連中は、数千人を越えた。
「これでは、下関へ御前様をお連れすること、罷りならん」
 内匠は顔色を青くして言った。
「然様。藩主様が御帰城なされるまで民どもは立ち退かん、と言うております」
 半兵衛は答えた。その横顔、取り澄ました面付きに、内匠は気づく事があった。
「やはり、おぬしが先日申しておった秘策とは、このことだったのか」
 半兵衛は、静かに頷いただけだった。
 領民蜂起を促したのは、誰あろうこの新発田藩家老・溝口半兵衛と筆頭家老・溝口伊織である。
 策を用いるのは、これが三度目であった。
 前二回は、米沢にせっつかれて已む無く行軍をはじめた堀主計隊の進路を妨げた。無論、これによって新発田軍は前線に出ずに済んだ。
 重臣らのみならず、少なからぬ藩士が家老の下で跳梁した。
 彼らが庄屋、検断などの町村役人と緊密に連絡を取り、領民を動かしたのである。
 昨日、半兵衛は田宮余一という藩士を私邸に呼び付けた。
「おぬし、伊織様に放逐いたされたようだの」
 半兵衛は、田宮の顔を覗き込んだ。鼻の頭が少し赤らんでいる
 この男はそもそも溝口伊織の家臣である。酒癖が悪く、飲んでは乱暴を働いたが、胆力はどうして太い輩で、剣技も拙くない。
「あいや、酒の虫に毒されてのことにございます」
 三日ほど前のことであった。
 田宮は宵の口から一升酒を飲んでおり、芸妓に手を引かれて揚屋の表へ出た。ふと小便を催したが、共同後架は遠い。さりとて、我慢はならぬと感じ、袴を脱いで道端の溝目掛けてやろうとした。
 が、それが具合が悪かった。
 人が通り掛ったので避けようとしたところ、よろめいて誰かにぶつかった。おまけに既に小水を迸らせていたので、止まらない。
「酔うておる時は止まらんものです。一升ほど出し尽くしました」
 半兵衛は、への字に曲がった口の端を上げて苦笑した。
 掛けた相手がまずかった。
 馬を率いた若衆のような男だった。城下の者ではない。黒馬の脚と若者の四布袴はぐっしょりと濡れ、異臭を放った。
「初めての城下で、黄金水の歓待とはな」
 若者は笑った。田宮もつれて笑った。
 しかし、二刻ほどのち、田宮は溝口伊織の邸に呼び戻され、きつい叱咤を受けた。
「こともあろうに尾張様の御家中に何たる狼藉」
 老齢の伊織は白髪も乱れんばかり、顔を真っ赤に染めて難詰した。
「あの方は若衆ではのうて、女子衆じゃ。それも尾張家大納言様にお仕えする別式女(べっしきめ)、格式の高いお方じゃぞ」
 別式女、またの名を帯刀女中、刀婦などという。
 君主以外の男子禁制の奥御殿にあって、警固に当たる女性であり、腰元たちに武芸指南も行えば、男並みに芸事もこなす。
 尾州家では刀腰婦、紀州では別式女、水戸では女別式と呼んだ。御三家以外の親藩、譜代、外様の大藩にも必ず置かれていた。
 奥向きの警固を司るゆえ、主君に近く、また奥方らにも信用篤く重用されるのが、別式女であった。
 いわば、田宮は御三家筆頭尾張大納言徳川慶勝の重臣に狼藉を働いたということになる。
 更に尾張は今まさに東海道鎮撫軍の主力となっていた。新政府軍に小便を引っ掛けたという事にもなるのだ。
「存じませなんだ」
 田宮はぽかんと口を開けて言った。
 その時、若衆のような美しい顔立ちの別式女は、呆れたように笑って袴を脱ぎ捨てた。そうして、あれよと言う間に小袖の裾を端折り、ひらりと馬の背に跨ったのである。路上の人々が、あっと叫んだ。
「今度引っ掛けられると、流石に襦袢一枚で行かねばならんのでな。騎乗御免」
 朗らかに言って馬を操り、去ってしまった。
 健やかに伸びた白い太腿が、夏の陽射しには余りにも眩しく見えたのは覚えている。
「確かにあれは、女子のむっちりとした腿だった」
 と思う。
「存じませなんだ――で済むものではない。ところが別式女の奈彌(なみ)どのは当家へ使いをお寄越しになり、おぬしを免じてくれと言われた」
 伊織は苦々しく言った。
 奈彌は東海道が漸く鎮まったのを見計らって、北越へ来た。新発田に親類がおり、その者が病篤く寄る辺もないというので、暇を貰ってやって来たのだという。
 だが、尾張家のことゆえに、只で家中の者を他出させるわけはない、と伊織は感じた。
「我が藩がまことに尊王尽忠であるのか見届けさせようという腹づもりだろう」
 御三家筆頭にありながら、真っ先に勤皇を示し、錦の御旗に従った尾張家は、そのくらいの手は打つだろう。
 伊織ら家老は、奥羽越列藩同盟に与すると見せかけて、前年から密かに京へ密書を送り続けている。その心如何、と朝廷側の藩は問いたいのだろう。
「米沢、会津からは進軍を督促され、朝廷からは志を疑われ、一刻も早ういずれかに決着がついてくれることを願うばかり」
 というのが、新発田藩重臣らの本音であった。
「とまれ、わしが奈彌どのの在所へ参り、直に謝罪をしておく」
 宿所は城下の醤油問屋浜松屋という。浜松屋の身代は、かつて名古屋城下にあった三河屋という大店の後裔がはじめたもので、その頃からの縁らしい。
「おぬしをそのままにしておくというのも、此方の面目が立たんので、所払いとする。よいな」
 伊織の言葉は有無を言わせなかった。
 実は田宮のこの処分こそ、田宮を自由に裁量出来る格好の機会だったのである。
 己の手下であるという保証を外せば、素浪人の田宮は如何様にも使えた。流石に老獪なり、溝口伊織。半兵衛は、そのことを思い出した。
 案の定、田宮は蜂起の最中槍を持った領民の間を奔走し、指示を与えていた。
「酒毒どころか、奴めは酔うて生き生きしとる」
 半兵衛は田宮の姿を確認し、そう思った。
 湯殿から上がると、半兵衛は夜着を纏う前に、両肩へ膏薬を貼らせた。
 このところ、睡眠不足に悩まされてか、肩が凝って頭痛が酷い。会議の最中もずっとこめかみがずきずきと痛んでいた。
 湿布に塗られた黒い泥の様な薬が如何にも毒々しく、見た目も悪いが臭いも凄まじい。扱う小姓もさぞかし厭だろうが、実際にこれを肩に載せる半兵衛は、もっと辛かった。
「何とかもっと臭うのうて、よく効く膏薬はなかろうか」
 と思案するが、何しろこのところの城下の混乱で、新潟よりの物資も滞り勝ち。出入りの薬屋も手持ちが少ないという。仕方なく従来ある凝り取りの薬を使うより、他無かった。
 半兵衛は父・半左衛門の書院に呼ばれた。
「やれ半兵衛、当座は何とかしのげたわい。だが、この奥の手はこれ以上使えまいぞ。上杉家とて、我等の腹の底を見抜いておるわ」
「然様にて父上。次の打つ手はそれがしも、頭を痛めております」
「うむ。それで、膏薬など貼っておるか」
 と、半左衛門は膝を打った。
「まっこと頭痛がするのです。が、米沢も恐らく城を攻撃することは出来ませんでしょう」
 半兵衛は断言した。
「いま米沢が我等を手に掛けたところで、所詮は一千兵。新発田の領民が下関を包囲するようなことになれば、彼等は後方の支援を絶たれますけ。幾ら何でも、そのような事はすまいと」
「そうじゃのう」
「出兵の陽動はしますが、少しでも同盟の旗色が悪いと、すぐさま取っ返す準備だけは怠りのう考えとりますでのう、父上。我々が佐幕派の連中に取り囲まれて生き延びる道は、それしかありません」
 新政府軍の海軍が上陸するか、或いは前面の鎮撫軍が優勢と見えれば、勤皇の新発田はその時こそ本来の姿に戻る事が出来る。半兵衛は、そのためにのみ刻苦していた。
 半左衛門も頷く。
「それにしても、その膏薬の臭いだけは頂けんのう。却ってこちらの頭が痛うなるわい」

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