(七) 徳川慶勝の懊悩

 闇の中に蝋燭が一本点された。ぼうと燃え上がる赤い火が女の掌の下で輝いた。
「喉も渇いたであろう」
 伊織がそう言って差し出した瓶の水を、又市は盃に注いで飲み干した。
「なかなか面白い話を聞かせる。――で、死んだのは於香どのの方なのだろう?」
「何でお分かりですか」
「おぬしが生きておる以上、そうと考えるのが妥当。通常、妬心に狂った女子は、相手の女子もろとも男までも殺しかねんしな」
「お察しの通りで。ですが、少々結末は奇ッ怪なことになりまする」
 又市は立て続けに水を三杯飲み干してから、語った。
 奥殿へ戻った於香は大刀を抜き放ち、奈彌の詰所へと押し込んだ。
 迎え討ったのは、これも恰も今やと待ち構えていたかのような長刀を構えた奈彌である。
「よくもよくも」
 と、誰もが予期しなかった刀腰婦同士の一騎打ちに、奥は驚天動地となった。
 半刻のちに奈彌が於香を返り討ちにした。
 於香は左乳房の下を、深々と長刀で一突き、天井にまで血飛沫が上がったという。
 だが、於香を倒して最も激しく慟哭したのは、他ならぬ奈彌であった。
「よくも妾という女がありながら、あの様な薄ら汚い下忍の男なぞにうつつを抜かすなど、於香様。憎しや、なれど恋しや」
 何と、奈彌は於香の閨房の相手、それも又市などとは較べるべくもない程古い間柄だったのである。
 奈彌が又市に恋しい女を盗られ、どす黒い怒りを日々溜め込んでいたのは言うまでもなかった。又市に見せた嫌悪の目も、成る程恋敵を見る目だったのだ。
「そうとも知らず、おれは」
 全くいい面の皮である。
 この衝撃的な椿事が表沙汰にならなかったのは、ほぼ時を同じくして尾張家に「青松葉事件」が起こったからである。
 藩主・徳川慶勝が断腸の決意を以って、佐幕派を処断した。
 城内は勿論、名古屋城下をも揺るがす出来事であった。藩論は岐れ路の選択をした。これに拠って、行く末は定まった。
 勤皇の道を違わず歩むことになる。
「於香様のご実家は、そもそも佐幕方でありましたゆえ廃絶、奈彌様のご実家は勤皇方でありましたので一旦閉門、そのうえ嗣子を立ててのち継続となりました」
「奈彌どのご自身は?」
「奥からは御役御免となり、その後わかりませぬ」
 又市は光る目で、伊織を見た。
「そなたが訊きたいのは、何故私が奈彌どのを知っていたかという事だろう?」
 又市は黙って頷いた。
「私が御庭番という以上、訊くまでもなかろう。遠国御用の際、敢えて名古屋城下に入ったことがある。その時、御側室様の法要代参に付添うておられた奈彌どのをお見掛けした。それだけのこと」
 伊織は軽く笑んだ。
「それで、そなたは何の故に生かされた?」
 又市こそ騒動の根源といえる。彼が打首を免れたのは、これも天運と言うべきか。
 事件前、鳥羽・伏見の戦を経て錦旗を掲げた新政府軍が徳川慶勝らを追撃し始めると、尾張家は東海道鎮圧の先駆となる。幕府は瓦解した。慶喜は水戸へ行き謹慎し、比翼であった元京都守護職の松平容保は会津へ帰郷する。元京都所司代の松平定敬は、分領の越後柏崎へ行く。
 而して、薩長の旧幕府勢力に対する憎悪は寛解されず、とりわけ会津藩への恨みは烈しいものであった。
 これが東北諸藩の列藩同盟を形成する動力となり、戦線は開城された江戸を抜いて、北へ北へと迫った。
 まさに、又市の今居る新発田藩も、戦の只中にいた。
 遡って四月、又市は城内に呼ばれた。
 下忍として為すべき職務もなく、例の事件の処罰を待つばかりの飼い殺しの日々を送っていた。
 呼び出しを食らった時、
「死に時が来たか」
 と、却って気が休まる思いになった。
 が、様相が違うと気付いたのは、櫓の中に招じられてからであった。
 慶勝側近の能見(のうみ)喜介という男がいた。
 能見は、慶勝が実家の美濃高須藩に居た頃から伺候している御典医でもある。その能見が此処に居るというのは、どういう事なのか。
「よう来た、三ケ日又市」
 能見は小柄な体を揺すって、言った。又市は畏まる。
「初めに言うが、おぬしを処分するのはわしの役目ではない。飽く迄、わしは御前様にお仕えする医師での」
 能見は勿体ぶって話す。
「只今、御前様は御体調がすぐれたまわず、むくみが取れず、しばしば高熱にお悩みである。それもこれも、かの青松葉の一件の祟りに違いない、とあらぬ噂が城の内外に流れておる。全く理屈に合わぬことだ」
 慶勝は若い頃から腎臓が悪く、むくみの症状に悩まされることが多かったようである。
 無理をすると忽ち体調を崩す。貴人とはそういう人種らしいが、生まれてこのかた、まともに医者へかかったこともなく、山野の薬草を自己流で扱っていた又市には理解し難く、また非常に主君を気の毒に思った。
「心労から御体調がすぐれぬのだ」
 能見は嘆息した。
 その慶勝の心労というのは、青松葉事件の後遺症もともかく、朝廷側の尾張家に対する冷遇も重なっていた。
「十四名という少なからぬ家臣を犠牲に払い、藩論を固めたというのに、薩長本営は我々に何の相談もない。単に東海道を鎮圧せんとする、その為だけに利用されたのではあるまいか?」
 慶勝の胸中には、時折そうした疑念が往来するようになった。
 とはいえ、そこは一旦勤皇に転じた以上、意を覆すつもりはない。
「御前様はお悩みなさっておられる」
 今ひとつは、二人の弟君の行く末である、と能見は言葉を続けた。
 「朝廷の臣」たる御三家筆頭の尾張家は、諸大名に先んじて、朝敵となった賊臣二等の松平容保、松平定敬を討たねばならない。
 薩長軍と合流した尾張軍は北陸を転戦し、長岡へ向かった。
 やがて彼等は会津若松へも行くだろう。
「実の弟を奸賊とみなし、討たねばならぬ。この御前様の烈しい懊悩がおぬしにはわかろうか、いやわかるまい」
 能見は言ってから、すぐに否定した。
 大義親を滅すというが、まさに慶勝の行っているのはそれに相当する。確かに又市には想像すべくもない心情といえよう。仮に又市が今、血を分けた兄弟と敵対しても、又市には格別の感慨が湧くとも思えなかった。御土居組下忍として、没人情になり切ってしまったのである。
「ならば、お殿様もおれ等の様に振舞えば、気楽なものを」
 としか思えない。只一つ、刀腰婦奈彌に抱いた感情を別にして。
「三ケ日又市」
 能見はまた、小さいくせに腹の其処から響く声で言った。
「おぬしは間諜となって、北越へ行け」
 無論、道中信州の動きも探れということを含む。
「柏崎で御謹慎なされていた桑名中将様が、お起ちなされた。よもや、二度目の御謹慎はありますまい。御兄君の手で討たれてもよし、という御覚悟。なれど薩長の手に掛かる事だけは避けたい――これが、御前様の御本心にて、承知いたせ」
 能見は重々しく、ゆっくりと語尾をつぐんだ。
 かくして、又市は松平定敬及び桑名軍の動向を追うという任務を命ぜられた。
 翌日には手形と書付を携え、薬売りの扮装で城下を出発したのである。
「生かされたとはいえ、間諜己一人では野垂れ死んでも、それも已む無しと思われているのかのう」
 又市は、そう思った。
 戻って来る必要もないのかもしれない。能見の目は、そう言っているようにも見えた。
 だが、又市は職務には忠実だった。
 宿場ごとに、旧幕軍や桑名軍の風聞を耳にすれば、能見に宛てて文を送り続けた。
 もはや家郷を捨て、係累を捨て、人情さえも失った一個の密偵が存在することの証のように、又市は名古屋城に向けて、報告を送り続けたのである。
 何となく、それが奈彌と己を繋いでいるような気もした。
 聞き終えて、伊織はふんと軽く息を吐いた。
「酒が欲しゅうなるような話じゃの」
 男のような物言いである。
 又市には女の言葉の意味が解しかねた。
「朝命と言われれば、自家中の派閥争いを収めさせねばならぬ。それが大納言様の御正義ならば、お二人の弟君にも各々の大義がおありになる」
 伊織は納刀しつつ、言った。
「これは、朝廷と幕府の衝突という母屋を借りた薩長と佐幕方の私闘に似ている。各々方に愛憎はない。あるのは道理のみ。わかるか又市?」
「下忍のおれには、わかりかねまする」
「大義は人の情けを喰らって膨れ上がるということぞ」
「大納言様もおれ等と同じで、没人情ということでしょうか」
 又市は、率直に問い返した。
「表面上はそう取り繕わねばならぬ。だが、おぬしは大納言様の情の部分を支える大事な任を受けているのだぞ」
「情の部分とは」
「能見どのは恐らく、おぬしが只の没人情な間諜ではないと見込み、任を与えたのだろう。奈彌どののことを思い起こしてみるといい」
 そう言われてみれば、奈彌に対する想いは単なる情欲ではなかった。遠くで見ているだけで、それで安寧を感じたのである。於香を殺す程の激しさを持ち合わせた女ではあるが、事件のあとも然程恐ろしいとも嫌いになったとも思わなかったのが不思議である。
 出来る事なら、もう一度奈彌に会ってみたいとさえ。
 その事を伊織は見透かしているのだ。
「貴方様は、何やら不思議な事を仰られるお方ですな」
 又市は、再び伊織の顔をまじまじと見詰めた。伊織はもうその時には既に寝間着の裾をきっちりととのえ、膝を揃えて凛然と座っていた。

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