あとがき
御庭番・別所伊織が江戸を出て北関東から箱館に至るまでの間、物語に時間にして半年ほどのブランクが出来てしまったので、その部分を埋める話として、『北秋の花火』を書いた。
途中、『雨一夜』で柏崎を脱出した桑名藩士・山脇隼太郎と高木剛次郎(二人とも松平定敬の小姓)に出会っているものの、彼女は主人公ではないので。
北越戦争では、長岡藩の活躍が華々しいが、それ以外の藩の動きは余り知られていないと思い、新発田藩(溝口半兵衛)、米沢藩(色部長門)、新潟奉行所(松長長三郎ら)、尾張藩の動向、とりわけ新発田藩と新潟をめぐっての奥羽越列藩同盟諸藩の一連の動向を中心に描いた。その為、御庭番の出番は少なくなった。
もっと戦争の展開や各陣営の思惑、西軍の進路なども書きたかったが、飽く迄物語りは目的を同じうした伊織と又市の行方から外れてはならないので、やむを得ず割愛した部分も多い(河井継之助の八丁沖奇襲など)。
説明不足の感もあり、これで補完出来たと胸を張っては言えない。
だが、溝口半兵衛、色部長門、松長長三郎というこの三人の男を較べてみて、各々の立場や思惑の違いから生じる生き様、死に様の違いをして、戦争の虚しさを思わずにはいられない。
余談になるが、松長と同じ直参である伊織が幕府の滅亡とともに死ななかったのは、個人的な都合(恋愛とか)からではない。
また、彼女が女だてらに頑張ったのは、「幕府の為によかれと思って」ではない。そういう意味での正義心は持ち合わせていないのが、この時代の武士のスタンダードだったようである。
飽く迄「ここまで自分(とその後ろにある家)を引き立ててくれた幕府という組織、ひいては将軍に対しての恩顧、義理」からなのである。親の身分以上に出世した武士は、組織に殉じるほどの熱烈な義理を持っていた。江戸開城とほぼ同時に自殺した川路聖謨なども、異例の出世を遂げた人間である。
「滅我」つまり「我欲を捨てて物事や人につくす」ことが、武士にしろ町人にしろ、人の正しく生きる道だった。
「自分が自分が」「自分の為に」というのは、二の次、三の次だ。
時世が変われば別だが、「我欲」のままに己の好いた男に奔ることは、彼女がこの時分の常識ある人間である以上は有り得ない。「義理」を果たす為になら、出奔でも人斬りでも何でもするが。
男女に変わりはない。きっと彼女は女性としても、家に入れば「我欲」を捨てて家の為、夫の為に生きる人となるだろうし、それが当たり前なのだった。現代の価値観とは違うだろうけれど。
そんな時代の物語だと思って頂けると幸いに思う。
なお、桑名藩の松平定信公が作ったという和船に搭載するミサイル(本作では仮に「飛弾」と呼んでいる)の模型は、桑名城址の鎮国守国神社の宝物庫にある。火薬を発射したあとは冷却する装置が付いていたり、かなり精密なものだったようだが、実際使われたかどうかはわからない。
【参考書籍など】
『裏切り 戊辰、新潟港陥落す』 中島欣也 恒文社 (1992年)
『南柯紀行・北国戦争概略衝鋒隊之記』 大鳥圭介/今井信郎 新人物往来社(1998年)
『峠』(上中下) 司馬遼太郎 新潮文庫
『学際No.18江戸時代のガバナンス』 財団法人統計研究会編 (2006年)
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