(二) 

 鴨川に床が置かれるようになって幾日。京の暑さも本番になりつつある。
 三条大橋のたもとから宵の夕涼みの姿を見ると、両国の川開きが思い出された。尤もあのように殷賑で活気に溢れた光景は、鴨川では見られない。
 川床の上で酒を酌み交わす宴会の連中、水に戯れる親子連れ、皆はんなりと楽しんでいた。
 巡邏の途中、町会所に寄った斎藤の組は、浪士らの出入りの情報のみ聞いて帰途へ着いた。
 橋を渡り切らないうちに、何処からともなくけたたましい声が「わあっ」と上がった。
 欄干に駆け寄って下を覗くと、どうやら川岸に水死人が流れ着いた様子である。
「関係なかろうな。もし、浪士とて土左衛門になっちまってりゃ、おれ等には用がない」
 斎藤はそう言って、組の若い者を促した。が、川床で宴を張っていた人々の声で、再び立ち止まる。
「ありゃあ、この羽織河内屋はんのや」
 斎藤は先に戻っておけ、と言い残し、河原へと飛ぶように大股で下りて行った。
 既に三条河原では近隣の人々が集まり始めていた。だが斎藤が浅黄のだんだら羽織を着ているのを見止めるや、さっと人波が割れ引いた。
 浅瀬に設営した川床の端に戸板が引っ掛かっており、その上に四肢を五寸釘で打ち付けられた男の死体が乗っていた。
 羽織の下は、下帯だけの裸で、その下帯すら流れによって解け掛かっている有様である。
 左胸の真下を傷が走り、其処から薄っすらと血が滲み出ている。
 「まったく四谷怪談かよ」と、斎藤は思ったが、異様なのは男の屍の首から上がない事だった。
「河内屋とは、四条木屋町の割木屋か?」
 斎藤は近くにいた商人風の男に聞いた。
 「へえ」と男は小刻みに震えながら肯じた。「この亀甲に沢潟の紋は河内屋はんに間違いおへん」
 首が無いので誰とは判らないが、羽織がそうである以上、河内屋の縁者かと考えられる。
 まさか、と斎藤は先日の島原での遣り取りを思い出した。
 河内屋菊次郎とも限らないが、身体つきからして二十代からせいぜい三十代の若い男である。
 橋の上を見遣ると、まだ組の者が此方を凝視していた。物見じゃあるまい、と斎藤はむっとしながら彼等を手招きした。
 とにかく戸板を引き揚げて奉行所の役人のお出ましを待つに限る。
 この時分、梟首や路傍の死体は日常茶飯事で、それを目当てにうろついている野次馬も多くいた。夜とはいえ、人通りも少なくないゆえ、野次馬避けに自ら守をしておくしかない。
 江戸でもそうだが、役人も町民も然のみ水死体に関心がない。むしろ厄介な物は川下に流されればそれでよいというのが常である。しかし、運悪く川床に引っ掛かったものだから、こうなると仕方が無い。
 やがて奉行所から下役人が二名やってきた。長吏(ちょうり)を従えている。
 うちの一人は斎藤も知った顔だったので、軽く挨拶を済ませ検分に掛かった。
 やはり川の飛び込みや二条城御濠の身投げには躍起になる彼等だが、既に死んでしまった者には淡々としたもので、「首が無いとは弱りますなァ。今日は暗いよって、明日にでものんびり探させますわ」と言う。
 そういう事で、斎藤らも屯所に引き揚げることにした。
 が。ふと戸板に載せられたまま運ばれて行く男の死体に、きらりと光る物を見た。
 男の右手が何かを強く握り締めていた。
 斎藤が不審に思って後戻りしてみると、それは銀の簪のようであった。
 平打ちの簪で、透かし彫の花模様が施されていた。仕事はよいのだろうが、それが如何程高価な物かどうかは斎藤にはよくわからなかった。
 翌日、付近の捜索が行われたが、男の首は見付からなかった。
 斬殺した犯人が持ち去ったのかと考えられたが、せめて身体の特徴で身元が判りはしないかというので、奉行所から河内屋へと下っ引が赴くと、果たして大女将が血相変えて出て来た。
「菊次郎とちゃいますやろか。ゆうべから戻ってしまへんのやけど」
 聞けば、菊次郎は昨日商談で同業の河原町下立売にある美濃屋まで出掛けたという。
 美濃屋の主人は菊次郎と連れ立って、三本木で内々の話をし、それから八つ刻には別れたと話していた。
 河内屋の大女将たつが、息子の帰りを案じて美濃屋まで聞きに回らせたのだった。
「けど、これまで新地や島原に流漣いうことはあらしまへなんだ。お店のことが第一やさかい、きっかり明六つには戻ってきよりました。それがゆうべに限って何の連絡もあらしまへん」
 急病になったり、何か不都合があれば報せて来るのが菊次郎の律儀なところだった、とたつは言う。
 たつが遺骸を検めた時、男の腋の黒子を見てやにわに「わっ」と泣き出した。
「菊次郎ォ」
 身も世も無く叫喚する大女将に代わって番頭が証言するには、「確かに若旦那様には大きい黒子が左腋の下にありましたんですわ。いえ、小さいぼんの頃お目に掛かっただけですのんで、何やえらい黒子大きなったなァ思うたんですけど」と。
 それは捨て置けない証言として、身の丈も肉置きも菊次郎ほどではないかというので、話は決着をみた。何しろ、生みの母が泣いて認めてしまったのであるから。
「けど、菊次郎の首を返してんか。首がなかったら成仏も出来しまへん。あの子が可哀想や。一体誰がこないな目に」
 たつの狼狽振りが激しいので、一旦は店に戻って貰い、遺骸も共に帰ったが、はて河内屋菊次郎が何故このような酷い目に遭わねばならないのかというと、実のところ全く手掛かりがなかった。
 美濃屋を聴取しても、出てくる話は普段の商い話ばかりで、三本木の茶屋にしても両人は非常に和やかに話し合い、酒肴を楽しんでいただけだという。
 いったい菊次郎は割木屋の寄合仲間でも評判がよかった。若いのに目端が利く。
 諸式高騰する中、今度は薪炭の組合で株を売買する場合、条件を厳しくしようと所司代に届け出をする旨を同業に言い募っていたという。
 もぐりで備長炭などを直接小売に卸したり、屋敷に持ち込む連中がいて、価格が不安定になりがちだというのがその理由である。株仲間を守る為の方法を考えていただけに、同業から恨まれる筋合いはない。
 無論、お客筋にも菊次郎を悪く言う者はいなかった。掛け取りの厳しい京の商人は、各藩の京都留守居や勤番からも煙たがられているが、河内屋は必ずしもそうではない。
 払いが悪いといって質の悪い薪を売り付けるでもなく、小藩だ大藩だという差別もしなかった。
 同業のねたみを買うという線もなければ、商家や武家どの関係から恨みを持たれるということも考え難い。
 では外面はよいが、内面はどうかというと、これも非の打ち所がないのであった。
 番頭をはじめ、使用人すべてに菊次郎は尊敬されていた。
 たつの亭主で前の主人は二年前に亡くなったが、この男が元は大番頭の入婿で、人柄の良い商売人だった。父に似て菊次郎も万事そつが無く、かといってしゃしゃり出て大きな顔をするでもなく、しかも母親思いである。
 番頭の首尾は首尾として認め、決して主人の己一人が手柄にするでなく、物にも増して人を大事にする性質だった。
 菊次郎の呆気無い訃報をきいた時、河内屋の使用人は揃って大泣きに泣いた。家の猫まで泣いたという。
 四条木屋町のその一角だけ、数日間本当に灯火が消えたかのようだった。

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