(七) 

 辛島新兵衛は当年とって二十二。元は備前岡山藩の馬廻組の次男坊として生まれた。 小さい頃は三つ上の兄より丈夫で頭の回転もよく、病弱な兄がもし家督を継げぬようなことあらば、七十石二人扶持の跡目を継ぐことになっていた。
 その頃、同じ馬廻組の倅の一派でつるんで遊んでいたのだが、その中に居たのは三つ下の千草柳之助という。千草の家はこれも辛島家と殆ど同格の下士で、柳之助は嗣子であった。
 柳之助はまるっきり幼子の時は他の同年輩の子供と変わらぬ、よく駆け回る活発な子だった。
 しかし、成長するに従ってその色白の肌や何処と無く華奢な感じが目立ってきた。
 七つにもなると、唇は赤く髪は濡れ濡れと黒く、娘の面差しに似て愛らしくなってきた。
 池田侯の御小姓たちと混じっても遜色ないどころか、目立つ程の美々しさであった。
 また、そのような愛くるしい顔をして剣術と負けん気だけは強く、学問にも熱心だったので、次第に同輩から浮いた存在になってきた。
「やい。おとこおんなの柳之助」
 などとからかわれるようになった。
「何故か?」
 と、新兵衛が柳之助の同輩らに尋ねると、「つれしょんもしないから」という答えが返ってきた。
 「ちんこも見せられん男は意気地なしじゃが。どうせろくなのがついとらんのじゃ。おとこおんなじゃが」とも言われた。
 一緒に小便をしたからといって、どうという事は無いが、子供というのはつまらないことで連帯感を持つので、遊びに付き合わない柳之助が疎まれているだけなのだと新兵衛は理解した。
 それでも負けん気が強いだけに、他人に追従しない柳之助は、態度を微塵も変えない。それがまた同輩等の気に食わないという繰り返しだった。
 兄貴格の新兵衛は、柳之助を可哀想に思い、何くれとなく庇ってやっていたのだが、それでも柳之助に対する嫌がらせは止まなかった。
 いつぞや、藩校の教堂で一人手習いをしている柳之助の頭から、赤い腰巻が落とされた事があった。何処の誰の物とも知れないが、恐らく校生の姉や母のものだろう。
 現場に出くわした新兵衛は、
「待ってろお柳。おれがとっちめてやる」
 木刀を掴んで藩校の中をぐるぐると駆け巡った。
 だが、逃げ足の速い子供はとうに城下に出てしまい、自宅に戻ったようだった。
 憤慨しながら戻って来た新兵衛は、教堂に戻ってびっくりした。
 「うっ、うっ」と咽び泣きながら柳之助は腰巻を遮二無二引き千切っていたのだった。
「その時のお柳の顔といったら、忘れられねえ。まるで阿修羅だ。男でも女でもない。神々しいような禍々しいような顔をしていやがったよ」
 新兵衛は、そこまで菊次郎に語り終えると、ほっと一息吐いて、酒を飲んだ。
 お世辞にも小奇麗とはいえないような一膳飯屋の一隅に、二人は蟠っていた。
「私はその、辛島様の思い出話をお聞きするつもりでは」
 菊次郎も強気な男なので、遠慮なく言った。新兵衛はふん、と鼻であしらった。
「まァ、そう焦りなさんな若旦那。大事なのはこれからじゃけえな」
 新兵衛は黄ばんだ歯を隠した。黙っていれば、それなりに品のある男に見えるのに、士分として生まれながら、何処と無く卑屈である。
 氏より育ち、とはまことやったかと菊次郎は往年の凛々しい少年新兵衛を思い浮かべることが出来なかった。

 事件は新兵衛が十四歳の夏に起こった。
 城下を北に、旭川を土手に沿って歩いていた時である。
 薄暮が迫りつつあった。
 土手の真ん中で五、六人の少年がいざり合っていた。馬廻組の子らではないかと訝って新兵衛が近付くと、果たしてそうだった。総勢五人の少年が、一人を囲んでどやしている。虐げられているのは柳之助だった。
「さては、またも柳之助をおとこおんなと罵る奴等か」
 新兵衛が鼻息を荒くして歩み寄ろうとしている間に、柳之助はみるみる羽交い絞めにされた。
 必死の抵抗を試みようとするも、四肢を押えられてどうしようもない。やがて、一人の少年が柳之助の袴を乱暴に引き下ろした。
「何をしてやがる」
 新兵衛は舌打ちをして割って入ろうとした。
 途端に、少年らがよってたかって柳之助を辱めているその輪が、悲鳴とともにわっと崩れた。少年らは蜘蛛の子を散らしたように散り散りに駆け出したのだった。
 一人が新兵衛の脇を転ぶようにしてすり抜けた時、こう叫んだ。
「あいつ、本当におとこおんなじゃが」
 新兵衛は草叢の上に突っ伏している柳之助に近付いた。
「おい、お柳。あいつらに何された」
 だが暫く返答は無かった。やがて幽鬼のように立ち上がった柳之助は漸く新兵衛の姿を見止めた。新兵衛は驚愕した。
「お柳、お前は」
 最初はよくわからなかった。だが、柳之助の剥き出しになった下半身にぶら下がっている少年然として陽物の下にあわいが映った。まだ熟さない赤い亀裂が走っていたのである。
「なァ、新兵衛兄。おれは男なんじゃろうか、女なんじゃろうか。……わからんようになってきた」
 柳之助はぼんやりと虚ろな目で呟いた。
 新兵衛は答えようがなかった。
 男の一物の下に女陰がある。まだ女子を知らぬ新兵衛とて、そのくらいの分別がつく知識はとうにあった。
 しかし、男女両方の性器を持つ人間をどう形容してよいのか、それは判らなかった。
 半分気のふれたような顔付きでふらふらと着流しを引き摺って歩き出した柳之助を、新兵衛は抱き止めた。柳之助はその腕を振り解こうとしたが、この頃の三つ違いは随分と力の差がある。
 柳之助は逃げられなかった。
「――ふたなり、と俗には言うらしいな」
 新兵衛はにたりと笑った。
 菊次郎はその顔をまともに見る事が出来なかった。
「そ、それからどうなったのです」
 とだけ言うのが精一杯だった。
「さてね。明くる日にゃ、お柳は岡山城下から消えちまってたな。お柳を裸にした奴らも一斉に口を閉ざして何も言わねえ。お柳の家も一応の捜索願は出したが、さして熱心にさがした節もなかったってよ」
 千草家では柳之助は廃嫡、養子を迎えたという。
 その後、程なくして新兵衛の兄が本家を継ぐと、新兵衛は部屋住みのまま御役に就いた。
 が、それも一年ほど勤めて逐電した。江戸へ出て、渡り中間をやったりしていたので、すっかり江戸言葉は板についたが、悪所通いや博奕も覚えてしまった。
 金は欲しいがどうしようもない。
 そこで近年、外国船の来航以来流行し出した攘夷に参加してみようと考えた。攘夷金御用といえば、商家から強請り取ることが出来る。
 しかし、いい加減足がつきそうになって、府内から逃げるように出て来た。
 そういうわけで、京までやってきたのである。
 五条醒ヶ井の辺りを通っていると、ふと頭巾の女がろうそく屋の裏から出て来た。新兵衛はうっかりしていて、女の肩にぶつかった。
 女の顔を見て、新兵衛は瞠目した。
 形はまるっきり若い娘だが、柳之助ではないかと思った。
「そいつが切欠というものでな。やはり、その女こそ千草柳之助だったよ。八年も経っちゃいたが、すぐに判った」
 新兵衛が鼻をひくつかせて、また酒を舐めた。菊次郎は、それを見るだけで全く手を付けられなかった。
「驚くじゃあねえか。柳之助が島原・桔梗屋のあでな天神になってるたァ、思いも寄らないってものだからな」

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