(八) 

「――それが、私と辛島新兵衛との因縁のはじまりで」
 菊次郎は伏し目勝ちのまま言って、少し間をおいた。
 斎藤はおようと顔を見合わせた。呆気に取られる告白、否、生橋天神の素性だった。
「お柳ちゃんはその時、丸川先生のところへ生写しに行った帰りやったんやね」
 おようが機転を利かせて再び菊次郎を促した。
 「へえ」と菊次郎は頷いた。
 新兵衛は驚きもともかく、妙に懐かしみを覚えてお柳に近付いた。
 しかし、お柳のほうでは既に昔のことは捨て去り、芸妓として生きているのを邪魔されたくないという心の方が勝った。新兵衛や己を侮蔑した少年時代の知己には二度と会いたくなかったのである。
 無論、己がふたなりであることを知られたくない。
「けど変やわ。……うち、お柳ちゃんと一緒にお湯もろうたこと何度かあんのどすけど、何もそれらしいのついてへんかったけど」
 おようは遠慮がちに、その話題を上せた。斎藤も気になっていたことである。
「若旦那は、そのお柳とは床入りは――」
「お、おます。おますけど」
 菊次郎は噴き出る汗を手拭で拭った。
 別段おかしなところはなかったという。どちらかというと丈は高く、乳房も尻の出っ張りも小ぶりで観音像のようなすらりとしたお柳だが、やはり女性の機能はあるのだという。菊次郎は、多少浅いのではないかと思ったが、それだけで交接に異常を感じたことはない。
 新兵衛が言うには、
「手前で切っちまいやがったんだよ。清国には宦官て去勢された役人がいるが、あれと同じで一物を切ったところで死にはしないからな」
 だが、どうしてもお柳が"おとこおんな"であるというのを信じられなかった。菊次郎には、新兵衛が昔馴染みの美しい女に再会して、横恋慕を仕掛けてきたのではないか、としか思えなかったのである。
 そこで菊次郎は思い切って、お柳に直に訊ねてみることにした。
 お柳は意外にもすんなりと新兵衛との関係を認めた。
 己が半陰陽であることも。
 そして、一頻り話し終えると、わっと泣き伏した。
「菊次郎はん、かんにん」
 お柳は潤んだ双眸で菊次郎を見上げた。
「騙すつもりやないのどす。うちは、うちはもう男としては生きられへんようになってしまいました。せやし、自分でへのこをくびり切って、女子になり切ろう思うたんどす」
 その痛みは如何ばかりのものだったろうか、と菊次郎は思い遣った。身体の痛みだけではない。
 柳之助は、事件のあとまず城下を出て海路上方へ向かった。
 二十日ばかりも血膿をその箇所から出して苦しみ、熱に浮かされながら柳之助は女になる決心をしたという。
「どうもおへんでした。実を言うと、もともとへのこからお小水は出ませんでした。形だけの男どした。もう、そんなん要りまへん」
 人並みより一回り小さいが、刺激を受ければ大きくはなる。それでもどうやっても精がいくことはなかったと、お柳は言った。
 自去してから自らを女衒に売り込み、京へやって来た時はすっかりお柳という目の覚めるような、それでいて何処か翳りのある美しい少女になっていた。
「けど、この事が世間に知れたら――」
 お柳は昏い瞳を菊次郎に向けた。
 まず置屋である桔梗屋には居られなくなるだろう。見た目はまるっきり女であっても、半陰陽という事実に変わりは無い。なにより河内屋の内儀になることは出来ないだろう。
「そないな事あらへん。私が言わさん。誰にもそないな事言わさしまへんのや」
 菊次郎は、無意識にお柳の手を握り締めていた。
「旦はん……。旦はんは、うちを女子と思うて下さるのか」
「お柳はお柳に何の変わりがあるいうんや」
 菊次郎はこの秘密は頑なに守り通そうと誓った。
「それで、辛島新兵衛を殺害したのか」
 斎藤の問い掛けに、菊次郎は頷いた。新兵衛を誘い出すのは容易い。「お柳から用があって鴨川沿いの某茶店まで来てくれ」と文を遣った。
 すると、新兵衛はへらへらしながら約束通りに来た。菊次郎は、
「お柳は三味の稽古で一寸遅れる言います。御酒でも召しておくんなさいと」
 新兵衛の前に百両の包を差し出した。
 その日はそれで終いだった。お柳も遅れて駆け付けたが、三人はまんじりともせず過ごして別れた。
 十日ほど経って、今度はお柳から菊次郎に呼び出しが掛かった。
「新兵衛がまた来たの。あの金は賭場の借金と飲み屋のつけ払いで殆どのうなったんで、もう少し都合してくれかて」
 菊次郎は思案した。
 今、当座の百両二百両は何とかなる。だが、弱味に付け込んでこの後も新兵衛は強請りに来るに違いない。お柳が河内屋に嫁げば今度は店まで来るのだ。
 菊次郎は承知したと言い、また百両を包んで茶店まで出向いた。
 強かに酒を飲ませ、新兵衛が千鳥足のふらふら歩きになったところを河原へ誘い込み、突き飛ばした。不意を突かれて尻餅ついた新兵衛の左胸目掛けて、菊次郎は脇差を刺した。
「首はどうやったんだい」
「鉈を持って来ました。うちは割木屋ですさかいに」
 菊次郎は自嘲気味に唇を歪めた。
 人の首を切るのと薪を切るのでは大違いだが。切った首は九条を下った鴨川の土手に埋めたのだと言う。
「このままにしといたら、奉行所も阿呆とちゃいますよって、私の仕業やと判ってしまいます。新兵衛と私が一緒に居ったのんは茶店の人間も通り掛かりの者も見とおりやす」
 それで自分の衣服と取替え、戸板に釘で手足を打ちつけ、なるたけ酷い晒し様にしたのだという。首が無くて河内屋の衣装を身に着け、しかも五寸釘など打たれていたら、誰が見ても河内屋を恨む御用盗や攘夷浪人の所業に思うだろう。
 聞き終えて、おようは口元を押さえたまま言葉を呑み込んでいた。斎藤は、
「河内屋を捨てる覚悟で、そこまでお柳のことを」
 菊次郎は黙(もだ)したままだった。

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