あとがき

 作中に出てきた用語などの簡単な解説を。

 斎藤が口にした「あぶな絵」と「春画」とは厳密には違う。
 娘が行水する姿や化粧する姿、着物の裾が割れて生脚がチラ見出来るような版画を「あぶな絵」といい、はっきりと交接やその前後の様子を描いたものを「春画」という。「あぶな絵」は、まあ現在でいうセミヌード写真集ぽいものか。

 「まったく四谷怪談かよ」
というのは、例の「東海道四谷怪談」という芝居に戸板に打ち付けられたお岩さんの死体が流されてくる、という有名な場面から。斎藤が芝居を見たかどうかはわからない。


 「長吏(ちょうり)」というのはいわゆる人別帖外の人々の中で、とりわけ死体を扱う、拷問をするなどの役目を担っていた職業の人をさす。江戸あたりでは「非人」だが、京や大坂では「長吏(ちょうり)」と呼ばれることが多かった。
 いずれにしても、町政に携わっていた重要な役目の人々で、町方の自治が際立っていた京では重きをなす。京都所司代の庶務とは切っても切り離せない存在。いずれ、このあたりの「教科書で習わない、小説のオーソリティからは外された
人たちと歴史の深いつながり」を書く機会を待っている。
 
 さて。
 こういうテーマを扱うのはデリケートな問題を含むので、少々迷った部分もあったが、あくまでフィクションで、軽い気持ちで書いたのではないことをここに記しおくことを御容赦願いたい。

 ふたなり(二成・双成)を表す言葉に両性具有(りょうせいぐゆう)、半陰陽、そしてこの作品の表題にある半月などがある。
 平安時代の絵巻物『病草紙』に「ふたなりの男」というのがあって、作者は中学生の時に図書館で読んだ本で初めて出会い、京都国立博物館で本物の絵巻をみた。
 医学的には性分化異常症(Disorder of Sex Differentiation:DSD)に分類され、日本の当事者間においては、性分化・発達障害という呼称が提唱されている。
 男女両性の特質を中途半端に兼ね備えるか全く無性の場合、あるいは遺伝子上の性別と肉体的それが全く正反対の場合もある。両性の特質を兼ね備えたものを「真性半陰陽」、遺伝子と外見とで性別の異なるものを、「仮性半陰陽」と呼び、後者は遺伝子上の性別によって、「男性仮性半陰陽」「女性仮性半陰陽」として区別される。
 果たして、本作に登場する千草柳之助=お柳(生橋太夫)がそのいずれに該当するかは、はっきり定めて書き始めたわけではない。
 物語の時代は幕末であるので、解剖学的なことも性染色体がどうなっているかも定かではない。ただ、本文の説明をあてはめると、身体的には女性仮性半陰陽といえる。女性仮性半陰陽は膣が塞がっている場合が多く、また陰核が通常よりも肥大し、これが男性器と間違われることがあるという。
 現代では、成人向けのマンガ・やおい系の同人誌、ポルノビデオ・アダルトゲームの中に、性的な対象として半陰陽者を取り上げたものが相当数増えてきており、性的嗜好やファンタジーのひとつとして広まってきた感がある。ただし、医学的な半陰陽ではなくファンタジーとしての両性具有を扱っている物が大多数である。

 こういった好奇的な扱いではない、というつもりだ。
 男と女はいったいどうやって、いつからお互いに男になり、女になっていくのだろう。
 まだまだわからない。


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