(十) 糺
(ただす)ノ森
明けて慶応四年正月三日。薩摩藩が御香宮に布陣していた幕府軍を攻撃した。
大坂にいた幕軍の一万が、慶喜の無実を訴えるために北上しつつあった。ところが、それを阻止する為に薩長の兵が京を発し、伏見鳥羽方面に出ていた。その衝突であった。戦の発端は江戸にあったが、それも京での武力衝突を呼ぶための切欠に過ぎなかった。いわば、薩摩が仕掛けた罠に幕府側がまんまと食いついたのである。
容堂はこの事を知るや、御所を辞して土佐藩の指揮を執った。
「これは薩長の死闘であって、我が藩は一兵たりとも加わってはならぬ」
と。すでに幕府側はこのために朝敵にさせられつつある。だが、時勢は既に流れており、土佐軍は戦争に参加していた。容堂の激昂も虚しく戦は止まぬ。
そして、五日午後、旧幕軍の総退却をきいたあとも斎藤ら新選組は八幡山にいた。
土方らが退却してもなお、永倉新八と斎藤は各々二十人の兵を率いて山の中腹に潜伏していたが、ついに四散する。包囲を破ってほうほうの体で山を降りた時、斎藤は酷く敗北感を味わった。
ここは橋本村の船着場であった。
「生きているだけでも不思議なものだ」
ぼろぼろになりながらも西風に棚引く「誠」の旗を見遣りつつ、白い息を吐いた。懐から何かが零れ落ちた。扇子であった。伏見奉行所で賀正の挨拶に使った物を持参していたのかと思った。だが、無柄ではなかった。夕顔の絵柄を広げてみると、ところどころ破れていた。
斎藤は筆がないことに思案した。少し考えてから、左脇腹の包帯を解き、右手中指で傷を抉った。擦れる血で扇子の上に文字をしたため、兵士を呼んだ。
「申し訳ないが、船小屋の主に言伝てくれ。京へ行く便でこれをここに書き記した処へ届けてくれまいか」
扇子と懐紙を差し出した。いずれも血糊と煤に塗れた生々しい物であった。
平田舟や苫舟が淀川の流れに乗って大坂へと下り始めた。誰も桝席に熟睡を貪るような余裕はない。慣れぬ手で櫓を使い、ゆっくりと進んで行く。いわば逃避行であった。
船中で息絶えた者はそのまま川へ投じられる。上流を振り返れば、まるで地獄絵図である。
斎藤は目を閉じた。角屋の座敷が目に浮かぶ。瞼をきつく閉じ、酒に火照った顔に玉の汗を浮かばせ、舞い狂う容堂の姿があった。
おようが糺ノ森へ出掛けたのは、三月になってからであった。
新政府軍が賊徒と化した旧幕府軍の残党を追い回す最中、京坂の町も物騒この上ない。しかし、幕府軍の先鋒であった新選組も江戸へと逃げ、甲陽鎮撫隊と改称して甲府城奪還を試みたものの、一敗地に塗れた。その消息は知れない。
最早、斎藤もこの世の人ではないのかもしれない、とおようは思った。
だが、心の片隅にあの男の解し難い悪運の強さを信ずる気持ちもあった。
桜の花が鴨川を彩っている。丁度、高野川との三角州にある糺ノ森の奥が下鴨神社であった。森の参道はまだしんと涼しく、芽吹く緑の匂いが噎せ返っていた。
境内の中ほどで水干姿の若者がいた。おようは己の身上を告げ、禰宜に呼ばれた旨を説明すると、若い神官は頬を赤らめて恭しく頭を下げた。そうして小走りに社務所のほうへ急いだ。
やがて、若者は白髪混じりの禰宜に従って戻ってきた。
「これはようお越し下さいました。島原のこったいはんをわざわざお呼び立てして申し訳ありまへん。けど、神官が島原へ出向くわけにも参りませんので」
好々爺の面であった。おようは禰宜から丁重に扇子を受け取った。持手も骨も赤黒い染みが付いている。
おようの手指が震えた。殆ど破れん勢いで開いた扇面に、乾いた血がこびり付いている。
「心あてに それかとぞ見む白玉の 浅葱そへたる夕顔の花」
光源氏が夕顔にあてて詠んだ歌を本歌取りに、血文字で書かれている。玉とはおようの「瑶」のことであろう。浅葱というのは新選組の羽織の色、つまり斎藤自身を指していた。
「下手な歌どすなァ」
おようは扇をかざして言った。小声で笑いながら涙が零れた。
「しかも源氏の君やなんて色男やあるまいし」
こんな腰折れ歌を詠むような余裕のある男なら、きっと生きている。わけも無くそう思った。
「花子は吉田少将と会ったあと、どないしたんやろか」
おようは老いた禰宜に向かって訊いた。
「さて。謡には後のことは言うとりまへなんだな。仲良うお暮らしやしたんやろか」
おようは扇を畳んだ。そして、涙を拭ってにっこりと笑った。
「そやない思います。恋はいつかは終わるもんどす。きれいな恋は、恋のまんま別れるのがええこともある思いますわ」
島原が瓦解して間も無く、相生太夫は京を去ったという。誰にも見請けされず、或いは生まれ故郷の土佐に帰ったのではないか、と桔梗屋の女将は語っていたが、京での噂は途絶えた。
明治になって、山内容堂の晩年を看取った愛妾のお愛が、一度容堂の娘と名乗る女性に会ったことがあると、板垣(乾)退助に言ったことがある。
「確かに容堂公に似て面長のすらりとした美人で、『老公は酒を呑むと泣き上戸』と笑っておりました」と。
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