(七) 七条油小路

 いよいよ伊東が新選組を潰そうと思い起こし、連日の会議が始まった。十一月になっていた。
「私は端から近藤さんらを潰えさせようと考えていたわけではない。彼等は如何せん頭が凝り固まっている。今更、屋台骨の崩れかけた幕府を立て直そうなどと、甘いのだよ」
 伊東の弁舌は爽やかでいて理知的である。嫌味を感じさせぬ口調だ。
「崩れ去るものに肩入れしても仕方が無い。私見ではあるが、恐らくは大樹公も最後の御勤めとして徳川幕府をなるべく最小限の被害に止めて引導を渡そうとしておられるに違いないのだ」
 伊東らの周囲で囁かれているのは、大政を返上し、政権を朝廷に戻そうという動きが薩摩や土佐の間で起こっているということである。成る程尤もな話であるとは、斎藤も思う。
 長征の失敗といい、腐り切った体制維持、財政の疲弊、総てが幕府の内臓疾患である。のち改むることはあっても、伊東の言うよう切り捨つべきは切り捨つことが肝要だろう。
 だが、流れのままに任せてよいものか。いや、よくはない。
 元幕臣の倅として、否、会津中将に誠を誓った我が身はやはり此処に居るべきではないのだ、と斎藤は思う。 伊東の話が途切れる。
「その役目、おれが」
 と、斎藤は身を乗り出していた。近藤勇は、沈み行く幕府を安らかに死なせてやるには大いに障壁となる。近藤を暗殺出来るのは、試衛館の頃より客分として出入していた自分しかない、と主張した。
 皆が斎藤を疑惑の目で見る。伊東だけは、視線に含むところが変わらなかった。
「斎藤さんにやつらが斬れますかな」
 と、服部武雄が訝った。
「なに、やつらはおれを単なる時勢に左右される思想を持たない人斬りとあなどっている。新選組に入ったことも、御陵衛士に移ったことも、金を貰って体よく人を斬る正当な理由を求めてのことだと」
 これで誤魔化せたろうか、と斎藤は最後の一押しで言った。
「だが生憎とおれは伊東さんの考えの方が性に合う。そいつを思い知らせてやるさ」
 誰にも意義は無かった。いや、敢えて黙していたのかもしれない。或いは斎藤がもし裏切ったところで何の効力もないと踏んでいたのではなかろうか。
 翌日、斎藤は髪をざんばらに解いてお菰(乞食)姿になり、月真院を出ようとした。
 門を出る間際、平助の声が斎藤を呼び止めた。
「待ってください斎藤さん」
 振り返ると、半泣きのような平助の顔があった。
「もう会えないかもしれませんから」
 と言う平助に、斎藤は緊張を解した。嘘を見抜いていやがる。そのうえでの見送りか、どういうつもりだと思ったが、何も言わずに出て行くことにした。
 一つ訊きたい事があった。だが、それももう出来まい。
 斎藤はその足で新選組の不動堂村屯所へ戻り、二度と月真院へは戻らなかった。
 
 伊東甲子太郎が七条油小路付近で斬殺されたのは、十一月十九日の深夜である。
 油小路町の役人が御陵衛士屯所にその旨を知らせた。が、実はこの町役人は新選組に命じられるままに動いたに過ぎない。
 それも伊東の骸を餌に、残りの御陵衛士を呼び寄せようという算段であった。
 果たして隊内に異論はあったが、頭を打ち棄てておくわけにはいかない。
 たとえ陰謀があろうと、行かねば汚名を残すことになる、と服部、鈴木三樹三郎らは遺体を引き取りに向かった。
 油小路には全く人影がなかった。折からの冷え込みで出歩く人も無く、伊東の屍のみが横たわっている。皆は取り乱さぬように顔を見合わせ、駕籠に収容した。その時である。
「新選組かっ」
 加納道之助の声が響いた。辻付近の町家から飛び出してきたのは、長倉、原田らをはじめとする二十余名の新選組隊士であった。
 平助が抜刀し、先頭の敵と刃を交えた。服部武雄、毛内有之進が背中合わせになって戦う。だが、員数に三倍以上もの差がある。しかも、新選組は全員鎖帷子を着込んでいるが、御陵衛士の面々は篠原泰之進の進言で平服のままであった。
 平助が漸う若い隊士を斬り伏せた時、振り返りざまに目が合った男がいた。永倉新八である。
 永倉は平助を見るや、ぎょろりとした目を剥いてやにわに首を振った。はじめ平助は何のことか意味が判らなかった。
 四方を固められた平助が、押し戻されるように永倉の方へ近寄った時、初めて永倉が道を開けたので、はたと気付いた。
「逃げろ平助」
 永倉は、近藤から有為の材であり、試衛館時代から何くれと無く可愛がってきた平助を助けてやりたいと言われていた。無論、言われなくとも己が厳罰を受ける覚悟で平助だけは助けてやりたいと思っていた。
「出来ません。ここで皆を見捨てて逃げることなど、私は断じて」
「おれはお前を斬れん。恐らくは斎藤が此処にいても同じだ」
 永倉は血を吐くように言った。
「やはり出来ません」
 平助の白面が強張った。やっ、と短い気合が割り込み、平助の言葉が途切れる。
 袈裟懸けにその背中を斬り下ろしたのは、平隊士・三浦常三郎であった。
 「おのれ」と、平助は背越しに兼重を振るう。三浦は両膝を割られて蹲った。平助は血を吐きつつ、三方の敵に刀を振るった。七条方面へ駆け出そうとする。だが、流血淋漓たる様でよろぼうて民家の塀に肩をついた。永倉の制止ももはや効力は無かった。
「おれは……おれは、新選組の藤堂平助っ」
 嗄れた声が血泡とともに吐き出される。平助を取り囲んだ隊士らの顔に、恐怖が走った。一瞬、隊士の動きが止まる。だが、平助の膝が路上に落ちた時、一斉に無常な刃がその小柄な体を串刺しにした。
 翌朝、油小路辻には人の手指が散乱し、人家の壁には血痕も夥しく付着していたという。

 紀州藩邸預かりの身分であった斎藤が不動堂村に戻ったのは、師走になってからのことだった。
 敢えて誰にも問う事は無かった油小路での決闘の話を持ちかけたのは、永倉の方からだったか、それとも斎藤の方からだったか。
「近藤さんは飽く迄土州の仕業と表向き言っているが、誰も信ずるまい」
 永倉の声には憔悴の色が伺えた。
「永倉さん、一つお訊きしたいのですが」 
 斎藤は言った。二人は縁側に腰を掛け、互いを見ることなく屯所の中庭を眺めていた。空は低く灰色の雲が垂れ込めている。こんな寒空に二人揃って飽かず枯れた庭を見ているというのは、相当おかしなものだろう。永倉は斎藤の方を向かず、「何だ」と、問い返した。
「平助の手の平はどうでしたか?」
 おかしな事を訊く、と永倉は訝った。斎藤は眠たげな目を擦りつつ、
「手相はその、升掛線とやらいうのではなかったでしょうか?」
「だしぬけに何かと思やあ、手相か」
 と、永倉は鼻で笑った。
「わかるわけがないってもんだぜ、斎藤。あ、いや今は山口か」
 息絶えた平助の骸を光縁寺まで運んだ者の証言によると、手指の何本かは千切れ、それこそ手の平も甲もずたずたに切り裂かれていたという。
「だが生前見た時、おれもそんな事は気にしちゃいなかったが、升掛線ではなかったように思うがな。それがどうかしたか?」
 いえ、と斎藤は低く答えた。永倉は羽田野弥九郎のことなどすっかり失念しているのだろうか。それとも、平助が死んだ今更どうでもよいのだろうか。
 斎藤の脳裡に弥九郎の言葉が甦る。
「両の手の平に升掛線。藤堂家の主筋には必ず受け継がれるという」
 たとい平助が升掛線であろうがなかろうが、和泉守の落胤であろうがなかろうが、どうでもいい。
 藤堂平助は飽く迄藤堂平助であった。弥九郎が本来の藤堂平助と言われたところで、斎藤にとっての平助は只一人でしかなかった。
 市ヶ谷甲良屋敷の前で出くわした、小柄で品のいい同い年の男だけである。
「いや、もしかしたら……」
 美濃から戻って来た時の平助、あれは既に斎藤の知る平助でなかったのかもしれない。
 弥九郎との間に如何なる遣り取りがなされたかは判らない。弥九郎を已むを得ず殺めたと言ったが、その証拠もない。
 弥九郎は今度こそいつか、「藤堂平助」と名乗って世に現れるのかもしれない。
 曇天から白い落し物が舞い降りてきた。雪は誰の頭上にもひとしく降り積む。

 (六)へ
 あとがきへ
 

小説目次へ
「とにかく殺す!」目次へ

本館TOPへ