(五) 戦慄!帝好みの宇宙人
<前編>
「おんむじゅそうぎょうしきむげんにびぜつしんにむしきしょうこうみそくほうむげんかいないしむいしきむむみょうやくむむみょうじん
ないしむろうしやくむろうしじんむくしゅうめつどう」
護摩壇が置かれ、高らかな読経の声が響いている。
ここは禁裏である。
「はよう、我が国じゅうに逗留している夷狄が出て行ってくれぬものかのう」
孝明帝は燃え盛る護摩木の炎を見詰めつつ、長い溜息を吐いた。
「攘夷」の祈祷が行われている真っ最中であった。
そう、帝は大の外国人嫌いで、半径数十間に外国人が入って来ようものなら、頭痛や眩暈、吐き気を催すのだそうである。理由はよくわからない。恐らく、西洋人独特のワキガに弱いのではなかろうか。
さて、そんな帝は幕府からの遣いがくる度に「もろびとこぞりてはよう攘夷をジョーイジョーイ」と仰せになるので、京都に駐留している幕府の面々もほとほと困っていた。
先日の二条城会議でも一橋慶喜などは、
「帝には適当に軍備が揃うまでとか、あと何年で済ませますと言っておきゃいいんだ。どうせ条約が通ってんだから、開国するに決まってんだろ。皆、ワインとかシャンパンとか飲みたいだろうし、金髪美女だってなんとかしたい筈だ」
それはあんただけだと思う、と定敬は舌打ちしたが、聞こえてはいないようであった。定敬自身も外国は行ってみたい。舶来物の無修正エロ本をまた入手出来ないかな、と思うし、金髪美女にも多少は興味がある。
しかし、帝の手前それは声高に出来ないのであった。
「どうであった、今日の会議は?」
兄・容保が病身を起こして定敬に訊いた。容保はこのところ、熱が続いて守護職屋敷を離れる事が出来ない。
「どうもこうも、慶喜の二枚舌全開なだけです。兄上は出ないほうがいいでしょう」
「出ないでいいなんて」
容保は少なからぬショックを受けたようであった。定敬は慌てて言い直した。
「いえその、兄上の存在は誰も忘れちゃいませんて。そうでなくて、慶喜の物の言い方がムカつくんで、余計具合が悪くなりはしないかと」
定敬は、容保の全身を覆うようにしてうぞうぞしている背後霊の姿を睨みつつ、言った。お江与の背後霊がふんぞりかえっている。
「それはそうとして、やはり私が出ないというのは失礼にあたるだろうし。ここ数週間ずっと帝のお誘いもお断りしているので、心苦しいのだ」
容保は胸を押さえつつ、嘆いた。弟の定敬が見てもちょっとドッキリするような艶かしい仕草であった。
(エッ?帝のお誘い?????なぜ?なぜ兄上は京で女子をお作りになられんのだ?もしかして、女子はお好きでないのか?このいろっぺー仕草といい、おれを誘ってるとしか)
などと定敬は一瞬魔が差すような想像までしてしまった。
(だ・ん・しょ・く。このおれが、今だ
童貞のこのおれが。イヤだー。ちょっとまったー。しかも近親相姦)
「……はっ」
「どうかしたのか定敬」
「い、いえ。帝のお誘いって?」
「和歌とか、季節の和菓子を賞味しようとか、蛍狩りに行こうとかね」
(ウソだ!和歌にかこつけて帝は兄上に恋の歌をお贈りなさろうとしてるし、和菓子ときたら抹茶だ。兄上の飲んだ茶碗を洗わずにきっと後で間接キッスしてるに違いない。蛍狩りなんてあぶねーぞ。「あっ、容保。ここに蛍が」なんて帝は兄上にしがみ付いたりなさるかもしれん!それだけではない、ついでに押し倒したり。ぬううううう)
定敬は、瞬時にめくるめく想像に身をゆだねてしまった。
「帝につれなくしてると思われては、ちょっと悲しいのだ……」
またしても容保は涙目で胸に手を当てた。
(これだ!この仕草が帝を挑発してるんだっての。この男殺しめ〜)
定敬は、兄の身の不幸をしみじみと感じたのであった。実は、容保が男に好かれるのも背後霊お江与の霊力であることに気付かない定敬でもあった。
そんな容保の心中など知らず、帝は
「ああ、最近あんなに可憐だった容保もつれないし。われはどないしたらええのん?他の人でも探すかな。慶喜は可愛げが無いし、定敬はガキっぽいし、容堂は酒臭いし。なかなかないなァ」
そんなつれづれを思いながら、帝が護摩壇を見ていたその最中であった。
ピカッ。
空が明るんだ。
稲光か、と誰もがそう思ったが、そうではなかった。白い光は見る見る広がって、御所を包み込むように大きくなった。
「何事じゃ」
帝は驚いて、思わず南庭まで出てしまった。光はいきなり帝を目掛けて一筋になり、円盤のようなものが南庭に着陸したのであった。
数日後。
漸く熱も下がって参内した容保は、さっそく御簾の内の帝の異変に気付いた。
「病み上がり大儀である」
という一通りの挨拶だけなのである。いつもなら、「具合はどうじゃ?ああん?われに見せてみよ。目が赤いのう。指先もこんなに冷たいし」
などと、帝は容保を舐め尽したいのかとでも言わんばかりのご寵愛っぷりなので、見ているお付も辟易する程であるのだが。
「なんだ、この冷たさは?帝のお気が変わられた?」
容保は御所を出てからも、何だか不安になってきた。
「あまりに長い間、病に臥せっていたので嫌われてしまったのか?仮病じゃないのに……」
容保は定敬に相談してみた。弟という以外にあまり有益な相手ではないような気もするが、容保が京で唯一頼れる男が定敬なのであった。
「くよくよなさってもダメですよ、兄上。浮気なんて、間者を使って調べれば済むことじゃあないですか」
脳天気な定敬は、笑って答えた。
そういうわけで、容保は直ぐにも優秀な探索方をと思い、配下の新選組に探らせることにした。が、新選組は実はそれどころではなかったのである。
「只今、監察の者は全員出払っております。と申しますのも、何やら長州の脱藩浪人らの動きがアヤシイので、このところ毎日三本木だ祗園だ南禅寺だ、と間諜に回ってます。宮部鼎蔵という尊攘の大立者が京に戻ってきたとかで、何やら不穏なのです」
副長の土方歳三がそう答えたらしい。「会津藩士も暢気なことやってないで、ちったあ気合いれろよ」みたいな口調だったようだ。
「仕方ないな、兄上。うちの鑑三郎をお貸ししましょう」
定敬は、
(配下の新選組にナメられるなんて、兄上もたいがいヘタレだなァ)
と思いつつ、立見鑑三郎を名指しした。鑑三郎は、前の蛤の一件以来、京詰めになっていた。いちおう横目なので、見つかっても職務上の言い逃れは出来るだろうという配慮であった。
さっそく鑑三郎は、公卿の振りをして御所に紛れ込んだ。
すると、御常御殿では帝が楽しそうに誰かと談笑していた。「皇后様か?」と鑑三郎は思ったが、そうではない。稚児であった。しかも、天上眉に平安時代の水干のような姿で、まるで今年(注:2005年)の大河ドラマ『義経』の牛若そっくりである。
「うわ、ありゃ新手のコスプレかな?」
鑑三郎はいやに親しげな帝と稚児の遣り取りを観察しつつ、その晩は終わった。「あんな少年が帝の懸想人なんて他愛もない」
だが、翌晩。
また帝は例の稚児を引き寄せて嬉しげに談笑していると思いきや。
「ややっ?」
庭の茂みから様子を窺っていた鑑三郎が見たのは、昨日の稚児とはまったく別の人物であった。その姿は、だんだら羽織の火消し装束の若者であった。
「あれはまるで『忠臣蔵』じゃないか。まさか『元禄繚乱(注:1999年放映)』?『峠の群像(注:1982年放映)?ということは、あれは誰?」
動揺してしまった鑑三郎は思わず物音を立ててしまい、危うく見付かりそうになるのをネズ鳴きして逃げ延びたのであった。
さらに翌日。
「ああっ。こんどは黒い眼帯の青年がっ。あれは『独眼竜政宗(注:1987年放映)』以外の何者でもない!」
三日間の次第を定敬に報告したところ、
「そりゃやっぱりコスプレだろう」
と、あっさりと答えられてしまった。
「ですが殿、三人が三人とも違う人物ですよ。帝の浮気性にも程がありますよ」
一途な性格の鑑三郎が言うので、定敬は笑いながらゲジマユを見遣りつつ「仕方が無いな。おれも様子を見に行くか。そのうえで兄上にご相談しよう」
と言った。
四日目。鑑三郎と定敬は前日と同様にしてこっそりと庭の前栽から帝の様子を偵察する。
すると、帝は楽しげに盃を傾けつつ、変わった風体の青年と向き合っていた。
「なんだ、あの赤いマフラーの男は?」
「御存知ないのですか殿。あれは北条時輔ですよ、あの赤いマフリャーは。ということは、『北条時宗(注:2001年)』なのか」
「御存知っておれ生まれてねーよ。それに、何で大河ドラマなんだよ」
「わかりません。帝は大河ドラマがお好きなんですよ、きっと」
「ならそのうち滝田栄とか出てくるのかな。おれ的には『水戸黄門』あたりで、入浴シーンが欲しいんだが」
「殿のお好みは兎も角、どういうことなのかさっぱりわかりませんね」
主従は考えあぐねてしまい、その日も素直に所司代屋敷に戻ったのであった。
その晩、定敬は久しぶりに定猷を訪ねていた。
所司代屋敷にも開かずの間がある。ご都合主義のようだが、あるのだから仕方ない。
「……というわけなんだけど、みっちーはどう思う?『怪奇分監』にも載ってないし」
定敬の質問に、定猷は考え込んだ。
「どうやら幽霊でも妖怪でもなさそうな感じだな。わしの手にはおえん、ていうかね」
「チッ。頼りにならねーな。勝手に死んでろよ」
定敬の、定猷に対する態度はだんだんでかくなっている。
実は木屋町周辺では新選組らによる必死の探索と不逞浪士捕縛が行われていて、こんな悠長な事をしている場合ではなかった。桝屋喜右衛門という男が捕らえられ、土方の拷問に遭っているなどということは、桑名藩の誰もが知らない。
そうして、そんな夜更けの所司代屋敷に、忍び寄る二つの怪しい影があったことなど、門番はおろか通りすがりの野良犬さえ気付かないのであった。
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