(五) 戦慄!帝好みの宇宙人

 <後編>

 元治元年六月五日。
 定敬は、鑑三郎を連れて京都守護職屋敷に出向き、兄・容保にくだんの報告をした。
 すると容保は、それまで病み上がりで青白い顔をしていたのが、みるみる紅潮してきたのであった。
「独眼竜政宗に義経に大石内蔵助……どれもこれもきらびやかな面々。平均視聴率的にも『新選組!』(17.4%)は『時宗』(18.5%)に負けてるし!政宗(39.7%)には逆立ちしても勝てないっ」
「まあ確かに『松平容保』では数字とれないでしょう。何かムカつくけど、『新選組!』は『徳川慶喜』(21.1%)にすら負けてますしねぇ」
 定敬は思いっきり忌憚の無い意見を述べた。がっくしと肩を落とした容保は、しかし負けじと、
「そういうお前も『松平定敬』では脚本どころか企画会議にも掛からんぞ」
「うっ。それはイタイなァ、兄上」
「お互いイタイ兄弟ということだ」
「しかし尾張の慶勝兄上はピンで正月の特別ドラマ(三田村邦彦主演)になってますよ」
「ヤラレタな」
「やっぱ一旦賊軍になった連中はダメ出しってことで」
「「ハハハハハ」」
 ブラックなネタで笑っている場合ではない。梅雨の季節というのに、暫し寒い空気が流れた後、容保は悄然となってしまった。
「どうすれば帝の信頼を取り戻す事が出来るのかのう」
 深刻な問題である。公武合体という大きな目標がこのままでは潰えてしまう。それも、容保の病欠と孝明帝のコスプレ好きという理由で。
「やっぱ手っ取り早く視聴率稼ぐ……もとい帝のお気に召すには、それらしい演出をしないといけないような気がする」
 定敬は言った。
 そこへ、会津藩公用方の広沢安任が駆け付けた。
「殿っ、只今新選組からの報せで今晩あるいは明晩にでも、大捕物があると。何でも京を震撼せしめるような浪人たちの計略がなされているとかで、人手を要請してきておりますが如何なされましょう?」
 すると容保は、
「いや、こっちも今それどころではないんだがな。しかも今日か明日かもはっきりしないんでは困るのう。はきとわかるまで兵を動かすわけにはいかん」
「仰せの通りで。いたづらに多勢を出動させても、何事もなければかえって要らぬ不安を煽り、市中の者どもの迷惑にもなろうかと。越中守様にも同じ要請が出ているようですが」
「おれも視聴率問題が片付かない限りは出動などさせられん」
 と、会桑兄弟はあっさりと出動を引き延ばしにした。歴史的有名な新選組の「池田屋事件」に際して、会桑両藩の出動が遅れたのは、実はこのような理由があったとは誰も知らない。それもこれも、定敬がまったく資料を残していないからである。
 とまれ、定敬は鑑三郎を連れて再び御所に出向いた。
 帝はまた今夜も違うお相手とよろしくやっているようである。
「今夜は犬千代だぞ、犬千代」
「『利家とまつ』ですか。またしても負けてますねぇ」
「どうする」
 主従が顔を見合わせたその時、帝の前に座っている傾き者姿の犬千代の顔が変化しはじめた。
「なっ、何だありゃ?」
「妖怪変化でしょうか」
 鑑三郎は、すわ、と飛び出す機会を待った。もし帝に何らかの危害を及ぼすようならば、禁中といえども抜刀しないわけにいかない。
 すると、犬千代の顔はみるみる佐々木小次郎らしき人物に変わった。服装はおろか持ち物まで変わっている。
「巌流だな。よっしゃ今なら勝てるぞ、相手は視聴率16.7%だ。鑑三郎、はやく兄上を呼んで参れっ!」
「はっ」
 鑑三郎は守護職屋敷まで走った。
 果たして容保は「着替えるゆえに手伝え」と鑑三郎に命じると、奥の間から何やらがさごそと行李を探って衣裳を持ち出してきた。鑑三郎はその着替えを手伝いながら、この期に及んでこんなコスプレをしてしまう容保を気の毒に思った。
 やがて、小次郎と大盛り上がりして今にも手を握って臥所に行こうとする勢いの帝の前に、颯爽と現れた松平容保であった。
「ちょっと待ったあー!」
「あっ。兄上その台詞はおれのお株」
 定敬は思わず前栽から飛び出していた。が、乗り込んできた兄の珍妙な姿を見るや、仰天した。
 容保は真赤なビロードのちょうちん袖に白タイツ、まるで学芸会の王子様のような姿であったのだ。
(タケチャンマンかよ!)
 とツッコミたかったが、きっと誰もわかってくれそうにないネタなので定敬は呆然としたまま、遣り取りを見ていた。
「そ、その姿はまさしくルイス・フロイス!」
 帝は叫んだ。何故判ったのかは謎である。しかし、そこは大河がらみであるという暗黙の了解があったのであろう。帝の大嫌いな西洋人の扮装でやってきた容保は、
「そうです、『信長』のルイス・フロイスです」
(んなわけねえ!)
 定敬は激しくツッコミたかった。
「容保、そちは何故にわれのキライな外国人のなりで現れたのだ?これ以上われを厭うてくれるのか?」
 帝は半泣きで後退りしながら、容保に訴える。容保は、いいえと首を横に振った。
「そうではありませぬ。容保めがこのような姿で参ったのも、帝のお目をお覚まししようという一心からです。御覧下さい、この異形の者を」
 容保は、先程から一言も発しない佐々木小次郎を指差した。小次郎の顔は既に崩れかけていた。その顔が牛若に変わり、政宗に変わり、どんどんと大河ドラマ歴々の登場人物に変化していく。
「あわわわわ」
 帝はどっきり。容保は今までになく強気に詰め寄る。
「実はこの者は、先日祈祷中に南庭に降り立った。天上から円盤とかいう乗物に乗ってやってきた蜜波星人という者だ」
 「蜜波星人」:蜜波星に住んでいる地球外生命体。高度な知能と変体能力を持ち、地球の情報を得るために交信できる人間の思いのままの姿をとることが出来る。結局、何の為に地球にきたのかよくわからない。
 定敬も容保も唖然となって顔を見合わせた。
「蜜波星って何処にあるんだ?そんな藩も国もなかった筈だ」
「天上人なのじゃ」
 帝は叫んだ。
「かぐや姫じゃあるまいし、目をお覚ましくださいませ。この容保をよく御覧になって!どうです?あんな奇怪きわまりない何とか星人に比べたら、夷狄など可愛いものです。容保は畏れ多くもそうお諌めになりとうて、白タイツまで履いて来ました!」
 容保は帝の前に膝まづいた。
(いや、何かそれは違うよ)
 と、定敬はやはりツッコミたかったが、兄の身を呈した芸とも本気ともつかない芝居を愚弄してしまいそうなので、黙っていた。
 男殺しの本領発揮か、容保の目は程好く潤んでいる。帝は漸く我に返った。
「はっ」
「正気に戻られましたか帝!」
「……容保」
 帝は容保の手を握り締めた。
「われが悪かった!許しておくれ。そちが病気であんまり遊びにきてくれないんで、ちょっとばかり淋しかったところへつけ入られてしまったのだ。愚かなわれを許しておくれ」
「許すも何も、容保は帝の為なら火の中水の中!」
(そ、そんな事言っていいのか、ゴルルァア!)
 定敬は心中絶叫した。どうやら兄はムードに流されやすい。このままではいかん。公武合体はいいけど、公卿どもには容保が帝の言いなりになって与しやすしと思われる。
「兄上……」
 と、言い掛けた定敬の肩を叩く何者かがいた。振り返ると、肩衣も襟も袴も何もかも全身黒尽くめの男が二人。おまけに真っ黒な色眼鏡を掛けている。
「何者だ貴様ら?」
「我々は地球防衛軍の特殊諜報員ジャックとボビーだ」
「どう見たって阿部豊後守と松平伯耆守だろ」
 定敬のズバリな指摘に、二人は暫し沈黙した。
「いや、ジャックとボビー」
「アホは相手にならん。おれ様にそんなおちゃらけを強要すんじゃねえ。パクリじゃねえか」
「我々は真面目ですよ」
(こんなヤツらばっかだから幕府はあぶねえ)
 と定敬は思った。しかし、松平定敬十八歳(童貞)、どっちもどっちということに気付いていない。
「どっちでもいいけど、何しに来てんのよ江戸からわざわざ」
 すると、阿部は姿勢を正して、
「実はあの蜜波星人という者が先月江戸に訪れたのです。それで幕閣はあの者の撹乱に遭い、一時は大変な騒ぎになりました」
 要するに、幕閣連中がこぞってコスプレに没頭したわけである。無論、仕事にならないばかりか将軍・家茂も含めて城内外にコスプレが蔓延してしまった。しまいにコスプレ相手を争っての刃傷沙汰や強盗などが多発して治安が極端に悪くなり、急遽「地球防衛軍」という役職を臨時に作った。そして、その蜜波星人を阿部と伯耆守の二人で何とか追い遣ったのである。ところが、円盤は次に京へ向かった。
「追い掛けてきたところ、こういうことになっていたというわけでして」
「迷惑な話だ。さっさと宇宙人ひっとらえてくれよ。いったい誰が呼んだんだよあんなの」
 定敬はむっとして言った。が、
「はっ。もしかしてあの宇宙人を呼んだのは、長州勢では?」
 宇宙人を使って帝を篭絡し、山口へ連れ去るという計略ではなかろうか。このところ激しい動きを見せている長州藩士らの仕業だとすると、何となく納得が行く。
「それに長州の高杉晋作とやら、宇宙人に似ている」
 それは違うとしても、宇宙人を呼んだのが長州藩士でないにしても、定敬の読みは偶然にも当っていた。
「兄上、お喜びのところ申し訳ないが、やはり今すぐ新選組に加勢を出したがいいでしょう!」
 そういうわけで漸く会津藩と桑名藩が出動した。既にその時は、池田屋の捕物は終わっていた。旅籠から逃げ出した残党やら、市中に隠れ潜んでいる長州系浪士を追っての残党狩りに両藩は参加した。

 かくして、蜜波星人による帝の洗脳は免れ、御所に平和が取り戻された。無論、帝の容保へのご寵愛も回復したのであったが……。
「兄上、その姿で参内は如何なものと思いますが?」
 定敬は、御門の前でこれから参内しようとする容保に出会った。
「西洋侍女姿がいかんのか?」
 フリフリのエプロンに超ミニスカのメイド姿の容保が馬に乗っている。
「お年を考えてくださいよ。いくら兄上がおキレイでもねぇ。せめて道中はフツーにして、中で着替えて下さいよ」
 つっこみどころはそこなのか。
「あれ以来、帝は余にコスプレをせがまれるのでな。致し方ない。これが機会と思うて、せめて姿だけでも西洋人に慣れさせようと。ちゃんと脛毛は剃ったし」
「兄上のご努力はいたみいります」
 定敬は涙が出そうになった。二十九歳独身・病弱の松平容保。まさに捨て身の勤皇魂、これぞ尊皇の鑑。長州のヤツらなぞエセ勤皇、と定敬は無意味に感動した。
「でもそんなに短いお召し物だとまたお風邪を引きますよ」
「ええい、風邪なぞ帝の笑顔に比べたら何ほどでもないわ」
 そう言って、容保は行ってしまった。だが、翌日から容保が熱を出して寝込んだことは言うまでも無い。
 帝のガイジン嫌いも依然として治らないままである。
 さらに、この騒動が自称「地球防衛軍」のジャック(阿部)とボビー(伯耆守)によって江戸へ伝えられ、「定敬は童貞のくせにナマイキ」「容保は帝に洗脳されているコスプレ狂い」「一橋はケーハク」と、江戸幕閣の京都政権への評判は悪化してしまった。やはり依然として桑名藩の危機は免れていないのである。
 
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