(七) 怪奇!呪いの白拍子

 <後編>

「これこれこういうわけで、初姫はまったく信じてくれません。どうよ、それって」
 定敬は「開かずの間」にいた。向かい合っているのは定猷である。
「初子はまだ己の霊感に開眼してないだけだな。まあいいじゃないか、誤解されるも身のうち。初子はおぬしがいたく気に入っておるということだ。これが意に添わぬ縁談だと、ヨメの方は窮屈で仕方ないらしいがのー。会津の照姫様なんか案外そうだったのかも」
 暢気な返答である。
「しかも、白拍子みたく格好で屋敷の中ばかりか洛中うろついてるんだよ」
「なに白拍子?それは『義経』?静御前?」
「いや、そのネタはとっくに終わってるって」
 つっこむ定敬。
「とにかく一度見てみてください」
 というわけで、定敬はこっそり定猷を伴い(といっても、屋敷内では定敬にしか見えない)、初姫の様子を覗った。
「ははあ、あれは妖怪・白拍子がとりついておるのかのう」
「おるのかのう、ってアンタ暢気だね。自分の娘に向かって」
 『怪奇分監』によると、
 「妖怪・白拍子」:その名の通り、白拍子の怨霊が凝り固まって妖怪になった。古来、むくわれぬ恋に殉じていった白拍子は、片思いや横恋慕やとにかく恋愛下手な女性にとりついて、ますます不幸にさせようと画策するので、周囲は大いに迷惑する。
 とあった。
「しかし単独でとりつくことはないんだよ。誰かを媒介している筈だ」
「はっ」
 定敬は思い至った。
「そういえば、水戸の随子どのにお会いしたとか言ってたな」
「それだ、それ。間違いあるまい。さっそく随子どのを呼んで妖怪退散すべし」
 定猷は言い、定敬は「よっしゃ」と頷いたのであった。たまには役に立つ義父である。
 
 そうとも知らない随子は、所司代の使いが来てほくそえんだ。
「まあ定敬様ったら。初子さんがいるというのに、二人っきりで逢いたいなんて。ええっと、逢引きの場所は……」
 定敬が熱心に香を焚き染めた手紙を寄越したというので、胸をきゅんきゅんさせながら然るべき寺院に赴いたのであった。
 さて。小姓に案内されて茶室に入った随子は「まあ」と、声を上げてしまった。
「お、お久しゅうございます。お待ちいたしておりました」
 しゃっちょこばった定敬が正座している。相変わらず、白拍子の格好のままの随子は、がさごそと音を立てながら定敬の前に座った。
「……と」
 随子は愕然となった。
「ええっ!?アナタがあのスリムでシャープだった定敬さまなのっ?」
「そうです」
 何と。随子の目の前に座っているのは見るも暑苦しい巨漢である。はっきりいって百貫デブ。そのうえなんか酸っぱい汗とかワキガとかの匂いもする。
「うそっっっ!!」
「嘘じゃないってば」
 笑いながら、定敬は汗を拭き拭き茶を啜った。おまけに茶碗の前に置かれた菓子皿にはてんこ盛りのじょうよ饅頭やら月餅やら栗饅頭やら大福餅が。定敬は「失礼して」といいつつ、饅頭を片手で二、三個つかみ取りしては口にねじ込んだ。
「あわわわわ」
 随子の目の前には、まるで想像していたのと別人の定敬が。面影があるといえばあるが、こんなデブだったなんて。
「うっ、美しくない、美しくないわ!私はデブと汗かきとハゲが死ぬほどキライなのにっ。そんな身体じゃ馬も可愛そう。地球にやさしくなくてよ」
「仕方ないだろ。男は少々太っているほうが貫禄があるのだ。さあ、随子どの、このムチムチした豊満な肉に埋もれてみたいとは思わぬか?」
 そんなの喜ぶのはデブ専だけだ。百貫デブと化した定敬が饅頭を放り投げ、慄く随子に抱き付いた。
「あーれえ〜」
 その瞬間である。随子の口からしゅわしゅわと白い煙が立ち上ったのは。
「おのれえ」
 妖怪・白拍子が姿を現した。
「あっ、美形」
 思わず定敬は、白拍子の美しさに見惚れてしまった。
 しかし、「こしゃくな若僧」と扇子を投げ付けられた。
「いてっ。だが、見たか!秘技・百年の恋も冷める肉布団」
 相変わらずネーミングセンスが悪いのである。定敬は、かつての宍戸錠の如く頬を膨らませていた含み綿を吐き出し、華麗に肉襦袢を脱ぎ捨てた。実は、この秘策は定猷発案、服部半蔵製作であった。随子のニガテな男性を演出するという仕掛けで、定敬は見事白拍子をいぶり出す事が出来たのである。
「私は白拍子・静。よくもこの私を騙したわね。せっかく随子を使って、アナタたちをめちゃめちゃにしてやろうと思ったのに」
「何でめちゃめちゃにする必要があんだよ」
「アナタがロリコンだからよ」
「えっ?」
 定敬は怯んだ。
「隠そうったってダメ。初姫とアナタは十一歳も離れているのに。これのどこがロリコンでないっていうの?」
「そんな無体な。初ちゃんとの婚約は親が決めたことであってさあ」
「無体もマタイもないっ。年端もゆかぬ童女にちゅうをするとは、条例違反のうえ淫行ですわよっ」
「ちゅう、って何がだよ、あんなの淫行でも何でもねえよ」
「だまらっしゃい」
 白拍子・静はぴしゃりと言い放った。
「ロリコンは許せないわ。男なんて男なんて皆若い女を弄んで捨て去って行くのよー」
 静はそう叫ぶと、畳の上に突っ伏して泣き出した。
(とうとう泣き出しちゃったかよー。このまま放っておいてもいいかなぁ、妖怪といっても泣く女は面倒だし。でも随子どのを捨てて置くのはマズイか)
 定敬は考え込んでしまった。
「……まあまあ、必ずしもそうとは限らないだろ」
「男は皆そうなのよ!」
「おれの兄上は違うぞ。兄上は敏姫が亡くなったあとはいっさい側室もお作りにならず、女子も遠ざけておる。兄上は男の鑑だ」
 と言いつつ、実は後年容保が側室を二人持つのであるが。さらに男の鑑、と言いながら定敬は結構女子に手が早い。
「そのような方もおられるのですか?」
「本当だとも」
 というわけで、定敬は白拍子・静を伴って守護職屋敷へと向かった。
 来意を告げずにこっそりと入り、隣室の襖を開けてデバガメの如く執務を行っている容保の様子を窺った。一段落すると、容保は手文庫から携帯用の位牌を取り出し、飽かず眺めた。
「敏子……」
 容保がさめざめと悲しむ様子に、静は心打たれた。
「まっ。お亡くなりになったご正室様を思い出されているのね」
「兄上こそ筋金入りのロリコンだからなぁ」
 定敬はぼそっと本音を言ってみた。やがて、容保は位牌に頬摺りしながら滂沱の涙を流し始めた。
「敏ちゃあーん。私はどうすればよいのだ?毎日まいにち江戸からの苦情に対抗したり、慶喜公の優柔不断にイライラさせられたり、貧乏公家どものご機嫌をとったり、イヤガラセに耐えたり、新選組に金は吸い取られるわ、長州の奴等は我々を舐めて掛かってるし、京に来てからロクなことがないんだよっ」
(うわ愚痴だ、愚痴)
 定敬は聞き耳を立てた。
「そのうえ、こないだの健康診断でGDP値が上がってるとか言われたし、このごろは朝も元気がないのだ……」
(おっ、おいたわしや兄上っ)
 定敬は思わず隣室に踏込んでしまうところであった。
「朝お元気が無いってどういう事かしら?」
「モーニングエレクト(朝勃ち)しないという事だな。男にとってはほぼ最大級のショックかも」
 定敬は、最近知ったエゲレス語で説明した。しかし、そんな英語はない。勝手な翻訳である。
「まあ、おかわいそうに。腎虚ですのね」
 白拍子・静はすっくと立ち上がり、襖を開けた。
「あっ、よせって」
 定敬が止めるのも聞かず、静は容保の前に音も無く進んだ。
「なっ、何者?」
 容保の声が裏返る。だが、涙に濡れた容保の目には静が敏姫に見えたものか。否、幻覚がそう見せているのか。
「あっ。敏子」
 静は黙って容保に手を差し延べた。ひしと抱き合う二人。
「私の想いが通じたのか。敏子ぉ〜」
「容保様!」
(何でそうなるんだ、何でっ)
 定敬は愕然とした。既に余人を入れるあたわざる状況になってしまい、定敬は襖を閉めた。(以下18禁)。
「兄上のバカ……あれは全然関係ない幽霊だぞ。しかもそんな余分な体力があるのなら、自律神経失調症とか言って会議をボイコットせずに出てくださいっ。おれの立場はどうなるんですかっ!またヨッシー(慶喜)にネチネチ言われるじゃないかぁ」
 と、叫びまくっても一人。
 わけの判らない展開になってしまい、定敬はすごすごと守護職邸を後にした。

 その晩。
 初姫も大人しく桑名へ戻ることとなり、定敬は漸く一人寝室に籠もり、米国土産の無修正春本などを読み耽っていると、白拍子が現れた。
「何しに出てきやがった」
 じろりと睨め付ける定敬にもお構いなしに、静はにこにこと笑った。
「容保様のイ○ポは治ったようですわ。アナタ様のお蔭でどうやら私も成仏出来そうです」
「そりゃよかったね」
 投げ遣りに答える。
「アナタ様も……」
「おれはイ○ポじゃねえよっ!!」
 童貞なだけである。
「では童貞を」
「そいつも要らん!」
「それでは、静はこれにて失礼いたします」
 勝手にしやがれ、と布団に潜り込み、そっと外を窺うとすでに白拍子の姿は消えていた。
 翌日、参内した定敬に向かって、容保は満面の笑顔で挨拶をした。
「なにやらご機嫌うるわしいようで、兄上」
「ああ。久しぶりで気分のよい朝でな〜」
(そりゃそうでしょうとも)
 と、定敬は冷ややかに笑いつつ、無邪気な兄に本当の事を言い出すことが出来なかったのであった。
「結局、白拍子は兄上のイ○ポを治しに出て来ただけじゃあないかよ、おい!まあ、それはそれでいいんだ、兄上がお元気になられたのなら。……しかしそれにしても、おれは何の為に初子に浮気まで疑われ、肉襦袢など着て随子殿にまで嫌われ、さらにエロ本の隠し場所までバレて。ああムシャクシャする〜」
 所司代屋敷に帰った定敬は、一人悶々としていた。すると、服部半蔵が文箱を抱えてやってきた。
「殿。追い討ちをかけるようで申し訳ございませんが」
 と、取り出したのは京や大坂の呉服店からの請求書の山だった。
「何だこりゃ」
「初姫様が鑑三郎と街に出られた時、ツケでお求めになられたものだそうです。此方が大丸、此方が伊勢丹、此方が高島屋……しめて千五百二十両ですな」
「うう〜。これかっ、桑名藩最大の危機とはこのことかっ!?」
 定敬は頭を抱えてへたり込んだ。
「あっ、お気を確かに殿ォーっ!」
 定敬は半蔵の声を遠くに聞きながら、「兄上のように仮病で休みたいっ」と、丈夫な自分を心底呪ったのであった。
 桑名藩の危機はまだまだ続くっ。

 (7)<前編>へ
 (8)<前編>へ
 

小説目次へ
「とにかく殺す!」目次へ
所司代TOPへ

本館TOPへ