(一) 
 

 何者とも知れないが、奇妙に強い視線を感じる。
 と、松平定敬が思い始めたのは、十日前からだった。
 朝、自然に目覚めた時、洋間の寝室には開放的なフランス窓に薄日が差し込んでいるだけで、何の変哲もなかった。
 家人はなべて、すやすやと眠っているだろう。そして、フランス窓のカーテンを押し退けてみても、外は二階から見える屋敷の回遊式庭園と、湯島天神の森だけである。
「まさか、人が宙に浮いて二階を覗くでもなし」
 そう思いながら起き出して、一日が始まると、奇怪な視線のことはすっかり散じてしまう。
 だが、次第にそれははっきりと、白日夢のように現れ出した。
 客間に人を招じて談笑している時も、ふと背後に感じたり、馬場で打毬
(だきゅう)を行っている時も、不意に刺す様な悪眼の念に頭が揺さぶられて、昨日は危うく落馬しかけるところだった。
「如何なされました。乗馬においては、座右を許さぬ松平晴山公ともあろうお方が」
 打毬朋輩の一人に言われ、定敬もさすがにこれは疲れている、と覚った。
「今日は大人しく、屋敷で読書かオルガンの練習でもしておくか」
 そうして、昼餉の後、書斎で調べ物などしていた時である。
「御前様、本所の三河屋が届け物に見えておりますが」
 家令の松浦秀八が入って来た。
「修理品が戻って来たというだけだろう、今は特に入用はないが」
 と言いつつ、定敬は座敷へ向かった。
 十畳の客間は、本来は襖を取り払っていたが、来客の為に今日は襖を入れられていた。定敬が入室するや否やで、三河屋の番頭、茂七は恭しく頭を下げた。
 茂七が畳の上に広げた茄子紺の風呂敷の下から、桐箱が現れた。
 それから、白木の箱から緑青を帯びた仏像が取り出されるに至って、定敬は「あッ」と、思い出した。
「まさか、あの時のあの男の眼」

 十日前のことである。
 定敬は散策がてら、といっても割と遠いが、本所北新町にある古物商、三河屋惣兵衛方を訪ねた。横川の運河のちょうど端っこにあたる、所謂「本所七不思議」の一、「馬鹿囃子」の怪異があるという付近でもある。
 三河屋は、定敬が桑名藩主だった旧幕時代から、懇意にしていた御用店である。
 「三河」の出ではなく播州三田
(さんだ)の出身で、以前は河内にいたというので三河屋という屋号。文政頃からから唐渡り、つまり舶来の骨董などを扱っていた。
 品を扱うだけではなく、骨董の修繕も手掛ける。
 舶来物だけに、数多ある表具師や鋳掛屋に取次ぐのではない。横浜や築地に住む清国や朝鮮人の匠に依頼する、独自のつてを持っているのらしい。
 定敬は、とりわけ上海に渡航して以来、唐の茶器、漆器、銅器など材質にかかわらず集めるようになった。
「これは晴山先生。今日は、福州漆器の明代の物を入手して取り置いてございますが」
 番頭の茂七が、上方訛りも大仰に定敬を出迎えた。
 従来なら、御用商は御用聞きとして屋敷まで訪問してくるものだが、若隠居の定敬に関してはその限りではなかった。
 大名という枷がなくなった今は、外遊しても誰も咎める者はいない。
 暇があれば、度々こうして三河屋なり、書肆なり訪ねてみることもあった。
「本日は仏像の修繕を頼みたい」
「へえ、かしこまりました」
 茂七が受け取ったのは、高さ一尺に満たぬ程の金銅仏であった。
 絹布を開いて、その仏像の全貌を見た時、茂七は少しぎょっとなった。
「勝楽金剛仏という。明朝後期の物らしい」
 定敬は言った。二百数十年前に造形された金剛像は、ずっしりと両手に持ち重りがした。
 楕円形の蓮座の横幅いっぱいに、足を広げて踏ん張った仏の両足の下には、それぞれ少年が這い蹲って踏み拉かれている。
 仏の面は阿修羅の如く中心と両脇に三面。十二本の腕を持ち、側面の十本は各々が独鈷や宝珠を掲げ、そして正面の二本は女を抱いていた。
 歓喜仏と形状が似ている。
「珍しおますな。象形歓喜天は見た事がございますが」
 茂七はおそるおそる仏像を回した。
「上海で手に入れた物さ。ほら、肘のところにひび割れが入っているだろう。あと、仏の前垂れにある髑髏の飾り。一つ取れかかっている」
 定敬は指差した。
 果たして船に運び込むまでは何ともなかったように思うが、気付くとこうなっていた。さりとて、膠や米粒でくっつけ直すわけにもいくまいと思い、三河屋へ持ち込んだのである。
「歓喜天の類は、扱いに丁重を有すると聞く。素人では何やら畏れ多いのでな。時間は掛かっても構わん」
「へえ、仰せ付かりました」
 茂七は再び絹布の中へ金剛仏を仕舞いこもうとした。
 その時である。
 店の一隅で、骨董を見に来ていた老人が呼び止めた。
「失礼を承知でお願いつかまつります。もし宜しければ、今一度その金剛仏を私めにお見せ頂けませんでしょうか」
「はあ」
 定敬は、老人を見た。五尺に満たぬ小柄な男で、撫で付けの頭髪は真っ白だった。
 そのくせ顔は大きく色黒く、柿渋のようで、何やら伝説の妖怪を思わせた。
「河童に似ている」
 皿を載せると、まるでそっくりだと定敬は思った。そう思うと、俄かに可笑しくなり、「いいですよ」と、仏像を老人の前に差し出して見せた。
 老人は感心の声を上げながら、ためつすがめつ歓喜仏を眺めた。
 定敬は、老人の背後にいる一人の若い女を見た。
 若いといっても三十ばかりか。老爺の矮躯に比して、女はすんなりとした佇まいで、静かに両目を伏せたまま定敬に向かって、御辞儀をした。老人の縁者だろうか。
 異様に感じたのは、女がそのままずっと濃い睫毛を伏せていたからである。
「目が見えないのだな」
 と気付くには、多少の時間が掛かった。それ程、女の所作は目開きの人間と変わりなく円滑だった。
 やがて老人は「有り難うございました」と、丁寧に何度も例を述べて店を出て行った。
 女はやはり健常者と全く変わりのない足取りで、むしろ杖を携えた老人の手を引くようにして歩き出したのだった。
 定敬が、ぼんやりと見詰めていると、茂七が言った。
「熊谷瑞堂
(くまがいずいどう)先生ですよ。麹町四丁目にお住まいの」
 説明されたが、定敬にはもう一つぴんと来なかった。
 聞けば、漢詩人であり書家であり、柴野栗山の弟子に学んだという。
「然程に高名なら、おれとて耳にしていようが、さて、殆ど聞き覚えがない」
 定敬は首を傾げた、
 しかし、見た目通りの年齢であるなら、梁川星巌や頼三樹三郎らと親しくしたかもしれないし、もしかすると維新後に号を変えたので定敬が失念しているだけなのか。
「あの女性は、先生の縁者の方かい?」
「いえ。女弟子ですよ」
 茂七は事も無げに答えた。
「いつもああして、先生に付き添っておられます。残念ながら、あのご器量で両目を盲いとられますが」
「失明しておって、書が出来るのだな」
「不思議なことですが、お出来になるようですわ」
 茂七は答えた。何とも不思議だ、と定敬は思った。
 その日はそれだけの事であった。

 だが、このところの不思議な視線は、そもそもあの瑞堂という老人の舐めるように金銅仏を見る視線に似ている気がした。
 定敬は修理された箇所を確かめ、また桐箱に仕舞おうとした。すると、茂七が何か言いたげに視線を逸らす。
「何か問題でもあったか?」
「いえ、その」
 と、あけすけな上方の人間には珍しくもじもじするので問糾すると、茂七はおずおずと切り出した。
「あの、瑞堂先生が再びお見えにならはって、この歓喜仏を是非ともお譲り願えまいかと仰るもので」
「何だ、そういう事か」
「へえ。せやけど晴山先生にお聞きしてみん事には何とも返答の仕様がおません、と……」
 茂七は肩を竦めた。上方訛りでありながら、東京弁を混じえていたり、どっちつかずの言葉が茂七の心境そのものだ。
「ふうん。この仏の何処がそんなに気に入ったのか知らないが、譲って差し上げられないこともない」
 定敬は勿体ぶって腕組みした。
 ただ、仏像を入手した金や手間が惜しいのではなく、上海に逃亡していた時に持ち帰った物なので、出処をとやかく言われたくはない。定敬自身も、はっきりとした経路で手に入れてはいない。
「――わかった。瑞堂先生には、承知したと伝えて貰えまいか。但し、誰かに披露する時、おれの素性は出してはならない、とな」
 三河屋での遣り取りを聞いていたのなら、定敬が晴山と呼ばれていたのは知っていようが、そのくらいは問題ない。茂七は、「へい」と歯切れよい返事をして帰って行ったのだった。
 不思議といえば、何故かその日の夕刻を境に、あの奇妙な纏わり付くような視線は感じられなくなったのである。

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