(三)
その日は生温かい風の吹く日で、菜種梅雨の上がりばなのように、湿気ていた。
定敬は、瑞堂の誘いで鎌倉までやって来た。
相模の海には、その灘上に異国船の帆影が浮かび、遠く汽笛が響く。
新橋のステンショから陸蒸気に乗り、横浜で下車して、俥を使った。
瑞堂の草庵は、海蔵寺へ向かう小路の一つにある。鶴岡八幡宮を過ぎ、雪ノ下から寿福寺の前を通って、銭洗弁天へ。さらに勾配はきつくなる。
富嶽が相豆の連山を左右に従えて、白雪を頂く様は、壮麗そのものに映った。
「よくぞ、遠いところをお出で下さいまして」
定敬をはじめに出迎えたのは、盲目のふさ女だった。
案内されゆく程に、草堂とはいえ一寸した山寺の侘びた佇まいに、実は派手好みの定敬も感心せずにはいられなかった。
庭の造りが巧妙で、此辺の禅寺に似て花を絶やさない。
門扉の脇には、小手毬が咲き乱れ、夏になるとその手前の紫陽花、ひめしゃらが花開く。秋には萩、そして冬寒椿となる。
成る程、花の装いに映るのは、ふさ女の見返り姿だった。
「これは、晴山先生」
小さな河童のような老人が現れた。その顔色が刹那、黒ずんだのは、定敬の紹介した人間を見たためか。
「連れです。藤田五郎といって、古い友人なのですが」
藤田が腰を折った。彼は定敬の細身の体躯より、幾分がっしりとして丈高かった。袴の腰から下が長く、二重眼が異相と思わせた。
「琉璃は茶会がございまして。宮様の野点ですので、来られませんでした」
定敬は断った。
「然様でございますか。まことに残念です。ふさ女も、才色兼備の今式部の御方様にお会い出来るのを、楽しみにしておったのですが」
瑞堂は、がっかりして言った。定敬は藤田とともに、座敷へ上がった。
さっそく、瑞堂は紫檀の小机の上に小原盃やら貝盃やらを並べ出した。
「これが、琉璃杯ですよ」
差し出された小杯は、青く発光する蛍石のようであった。表面に葡萄が浮き彫りされている。
土耳古(とるこ)の物であるという。
定敬が手に取って眺めていると、ふさ女がやって来た。
「杯にしろ花瓶にしろ、器というのは使ってやって初めて器と呼べるのです。さ、お使いになってみて下さい」
瑞堂が言えば、ふさ女が赤い液体を琉璃杯に注いだ。鎌倉のこんな草堂に、赤葡萄酒を置いているというのも、不思議な気がした。定敬は、ゆっくりと喉漉しを楽しんだ。
「これは、平中将重衡卿が使った酒盃なのです」
と、瑞堂がさりげなく油紙をほどいて見せた盃は、黒漆に塗られた平たい木盃だった。
真贋の程はよくわからない。七百年以上も昔の物が、何故瑞堂の手元にあるのか。
聞いてくれといわんばかりの瑞堂の顔色を見て、定敬は、
「何処で手に入れられたのですか?」
すると、瑞堂は意味ありげに笑った。
「それは言わぬが花ですよ。私も先生と同様で、秘密の経路を持っているのです」
お返しか、と定敬は内心舌を出した。
瑞堂は重衡の盃を藤田に手渡し、それに惜しげもなく清酒を注いだ。こうなってくると、本当に重衡の盃なのかどうかもわからない。
「藤田さん、その盃の底をこうして斜交いに眺めて御覧なさい。透けて見えてきますよ。盃の底に藤の花が」
「ああ、確かにその通りです」
藤田はなみなみと酒を注がれた盃を、目の高さに持ち上げて目を見開いた。
「御前様もどうぞ」
藤田に勧められて、定敬は水面の底に下がり藤のふさふさと垂れ開く蒔絵の花を見た。
「みどりなる松にかかれる藤なれど……」
ふと呟く、白い容貌を思い出す。男が松か女が藤か。いや、どちらでもよい。
「おのが頃とぞ花は咲きける」
ふさ女が、透き通る声をそよがせて答えた。定敬は、ぎょっとなった。
「誰の歌でしたか」
「失念いたしました」
と、ふさ女。瑞堂は黙って、此方も少し酒を飲み始めた。
謎めいた盲目の女は、いつしか襖の向こうに消えていた。
「それはそうと。面白い盃があるのです」
瑞堂は四角い漆櫃を開けた。そこから取り出でたるは、小汚い土器のような半円の椀だった。内面に銀が貼られており、外は赤銅色に鈍く光っていた。
「古い物ですな」
「髑髏盃ですよ」
手にしていたのは定敬だったが、彼よりも藤田の方が驚いた。大兵で、昔はそれと名の知れた剣客のくせに、頭蓋骨の盃ごときに目を剥くとは、と定敬は少しく憮然となった。
「舶来です。こちらにもありますが、漆塗りで、これは海内の物です」
瑞堂が指したのは、鼈甲の盃のようにぴかぴかとよく光る滑らかな半月盃だった。
やはり、盃の底が少し平らになって、等しく円弧を描き、まことに美しい。頭蓋が完(まった)き頃はさぞや均整の取れた素的な形をしていただろう。
「何も恐るるに足りませんよ、藤田さん」
と、瑞堂はやさしく語りかけた。
「西蔵(チベット)という清国の更に西南の教国では、儀器として髑髏盃を用いるのです。ガバラとも言うそうです」
「確か成都(チョンドゥ)にも似たような髑髏盃がある、と聞いた事がある」
定敬は言った。
「成都は西蔵に近く、古えより茶の輸送路がございますから、物も往来しておりましょう」
「蟹の甲羅酒も髑髏盃というらしいが」
それは、平家蟹の甲羅が、平氏武者の顔に見えるからだと言われる。鎌倉には似つかわしいが。
そういえば、彼の水戸黄門・徳川光圀は部下の頭骨で髑髏盃を作ったとも聞くが、果たして事実か伝説か、定敬にはわからない。
「しかし、頭の形が素晴らしくあらねば、盃にもなりませんな」
定敬は感心して言った。「然様、仰せの通りです」と、瑞堂は神妙に答える。
「骨相のすぐれたるが、やはり髑髏盃には向いており、それを見分けるには、熟練が必要とされます」
「熟練とな。確かにこう、総髪ざんぎりの多くなった昨今では一目見たくらいでは、容易には区別出来まいが」
「お顔を拝見し、話をするだけで頭蓋骨の美しいかどうかわかるという職人が、此の世にはおるようですよ」
瑞堂は、まことしやかに言った。
博識の瑞堂に、甚だしく流言蜚語の類はあるまい。定敬も此方は負けん気の強い元殿様ゆえに、欧州へも行き耳学問には吝かではなかった。
独逸(ドイツ)のガルという学者が提唱した骨相学によると、人の脳というのは色、音、言語、名誉、友情、芸術などといった精神活動に対応した二十七個の器官の集まりであり、その器官、機能の差が頭蓋の大きさ、形状に現れるのだと主張した。
すなわち、後頭部の膨らみ、前頭の丸みなどが人格すら決定するという。
「おれの頭はどうだろう。案外、その盃より形良いかもしれない」
と、定敬は不埒に考えた。幼い頃から、月代を剃った頭の形が綺麗だ、おでこが美事だと言われていたが。
「此方の盃は、私が職人に作らせたものです。何しろ、鎌倉という処は、古戦場が多いのでして。由比ヶ浜の辺りを散策し、一寸山手へ出ようとして蹴躓いたら、それ人骨だというわけですよ。いったい、幕府の頃の武士の骸かはわかりませんが、これも供養と思いまして」
瑞堂は、静謐な微笑を湛えていた。
「死後も人の役に立ちてこそ、武士の一分ですか」
悪趣味で蒐集しているというのではないようで、藤田も少し安堵の表情を浮かべていた。
「されど、興味のある髑髏もないことはないのでございますがね」
「はあ」
「鎌倉にはやはり、数奇な運命に玩弄された悲運の将や美姫が多うございますからね。ささ、藤田さん。気味悪がらず、お口をつけてみて下さい」
瑞堂に勧められ、藤田は眉を顰めたまま、盃の端に恐る恐る唇をつけた。
悲壮な決意の酒豪を尻目に、定敬の頭の中は酒盃を重ねるごとに冴え冴えとしていくのだった。
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