(六)
熱気の盛りの七月十一日、斎藤は市中見廻りに出た。同行の隊士は他三名と言う死番体制であった。
暑い中ではあるが、草履がけ、脚絆の足ごしらえだけは厳重にする。用心のことは常日頃土方から言い含められているが、さすがに鎖帷子までは着けられなかった。
辻辻には諸藩の兵が抜身を携えて、眼を光らせている。新選組の連中も、池田屋事件以後の熱血冷めやらず、触れればたちどころに抜刀せんの気が漲っていた。
敢えて敵中に飛び込めるよう、だんだら羽織を着けず、襷の色で互いを識別出来るようにして見廻る。持ち回りを一周して町会所に到着すると、斎藤は詰めている町代、町用人たちに声を掛けた。火事装束で待機している男達は、張り詰めた面持ちで見廻りの隊士達を見た。
「へえ。御疲れ様にございます。今のところ、この界隈はおかしな連中はおりまへん」
槍鉄砲を並べた軒先から、斎藤は上手を眺めた。木屋町の会所である。三条通を上がったところには、例の池田屋、長州藩邸などがある。昼下がりのしんとした時刻であった。
土間に入り、床几に腰を掛けると、男衆が麦茶を出して来た。
「ほんさっきもお三人ほどで見廻りにお見えにならはりましたが、暑い中大変どすな」
「三人?」
斎藤は訊き返した。
見廻りは四人一組で行う。昼夜二交替の四組ずつで回っている。三人ということは有り得ない。
「どういうなりをしていた?」
「先生らと同じ様な。襷はしとりまへんな。あまりお見掛けしない方ばかりやったんで、新入りの隊士はんかと思いました」
男衆は言った。
「そいつは敵さんだ。おれたちは襷をしている。しかも、三条橋からこっちはおれたちの班でしか回っていない」
「しもた。ほんついさっきやさかい、まだえろう遠くまでは行っとりまへんで。上手の方へ行っきょりましたわ」
三条橋より北は、原田左之助らが回っている。運良く出くわせばよかろう。だが、市中ことに鴨川付近は攘夷浪士が多く潜伏している。紛れてしまえば判らない。
「一人は六尺近い大男で、もう一人は頬髯のある男で大たぶさに結うとりました。それと、女子みたいな色白の可愛
(かい)らしい顔のこんまいお侍はん」
斎藤は、はっとした。麦茶を干して立ち上がる。竹田街道で出くわしたあの男に間違いない。
男の我流と思しき凄まじい居合斬りは、暗殺の太刀筋であった。槍が得意の原田が出遭ってやり過せるだろうか。
そう思うと、今一度あの男の居合を見切り、斬り伏せてやろうと血が騒いだ。町会所に新選組隊士を騙って立ち寄ったという名目もある。斎藤の顔色が一気に凄んだのを見て、他の平隊士も立ち上がった。鬼斎藤が何かやる気を出しているらしい、と覚ったのだ。
三条橋畔を北上しようと、小走りに行くと、高瀬川に架かる小橋付近で人だかりが出来ていた。
数人の若党、そして馬丁がいた。埃が巻き上がる中、わあわあと声がする。見れば、大柄な若者が血塗れになった男の屍に取り縋って泣いていた。
「象山先生、象山先生」
と、若党が呼び掛けている。したたかにどす黒い血を撒いたような路上に倒れている、長身の男は佐久間象山であるらしい。斎藤も覚えず息を呑んだ。
「やはり、あの男」
斎藤は独りごちた。
象山は脇腹を真横に裂かれ、顔面をやられている。あとは腕や肩に幾つかの刀傷があった。斎藤には象山の斬られる姿が見えた。
馬上の象山は、最初に飛び出してきた大男の浪士二人に阻まれ、棒立ちの白馬から滑り落ちた。落ちざまを、あの小男が居合で薙ぐ。象山は抵抗しようとした筈だ。それで身体の傷があちこちにある。何より、傍らに落ちている短刀、新藤五国光が物語っていた。二の太刀で額を割られ、倒れながらも短刀を振るう。男には届かなかった。剣技には優れず、しかも深手を負った象山を、殆ど嬲るように刺し殺した。
斎藤は、唇を震わせた。小橋の惨状に背を向け、走り出す。三人が後を追った。
あの男、やはりあの時山崎を待たせても、大坂行きを遅らせても斬っておくべきであった。象山は驕慢の才子といえども、今の幕府にはなくてはならぬ存在であった。斎藤は片端から付近の町人に目撃談を聞こうとした。しかし、男の行方は杳として知れなかった。
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