あとがき
えー。「刀幽霊」。古典落語のようなタイトル。実は、私は落語好きだったりする。又八も上方落語に出てきそうな商人をイメージした。
時系列的には「祗園囃子」の直後ということになる。
幕末の人斬り志士と斎藤一を絡ませてみたいと考えていたら、こうなった。先に「死闘、猿ヶ辻」では田中新兵衛とかかわりを持ったが、刃を交えたというには因縁が浅かった。そこで河上彦斎の登場になる。彦斎とくると、当然佐久間象山暗殺は外せない。というよりはこれ以前の彦斎の動きはあまり定かでなく、文久三年の八月十八日の政変で出京し、翌年「池田屋事件」以後再び上京したということくらいである。勿論、それまでの間に多くの暗殺を行ってきたゆえに「人斬り彦斎」と呼ばれたのだろう。いったい、下手人が何人かわからない殺しを行ったのであるから暗殺とは諸説紛々とあるほうが、より名人なのかもしれない。すると、彦斎にとっての象山暗殺は首尾の悪いものだったか或いはケチがつくような事件だったのだろう。
しかし、書き手にとっては曖昧な史実というのは取扱に困るし、総てが虚実というわけにもいかない。自然と、如何に佐久間象山暗殺事件と斎藤一とを交差させるか、という一点に求心されて行った。
彦斎は象山を斬って、総髪が逆立ち、以後人を斬っていないという。実際には彦斎のほか数名の浪士が同行し、討ち洩らしのないように待ち伏せていたらしい。象山暗殺の命を下したのが誰かはわからないが、彦斎一人の判断ではないと私は考える。倒幕派の大立者の息が掛かっている。とすると、やはり同時に上京した長州系の人間ではないだろうか。本作では暗殺道具となった「千子村正」を長州藩家老・福原越後から託されたということにした。だが、福原のさらに黒幕がいたとしてもおかしくは無い。それは謎のままにして余韻を残した。
現在、「佐久間象山遭難地碑」が三条小橋東詰に建立されている。木屋町に交差する高瀬川に掛かっている橋のたもとなので、人通りが多く、ほとんどこの碑は顧みられていない。それでも大河ドラマの影響からか、すぐ近くの池田屋跡に続いて見学の人がいるのを見かけた事がある。たった百四十年前にここで彦斎が、ここで象山がいたのだと思うと凄惨な場面なれども感慨深い。高瀬川の流れだけが時代の動きを知っている、そんな風に見えた。
タイトルの「刀幽霊」に合わせて、今回はさまざまな刀剣を登場させ逸話を盛り込んだ。「妖刀・村正」「長曾禰虎徹(興里・興正)」「国重」「新藤五国光」。
「虎徹」に関しては、子母澤寛の『新選組遺聞』に、八木為三郎翁遺談として、池田屋事件以後、谷三十郎や島田魁、林信太郎らが自分たちも近藤局長にあやかって虎徹を手に入れたいということを八木源之丞に話していたと書かれている。隊士達がすぐれた刀を欲しがっていたということを伝えるエピソードとして面白い。
とはいえ、刀剣には明るくないので、もしお詳しい方が居られたら噴飯物のことを書いているかもしれない。細々と博物館に行って(該当の物ではないが)現物を見たり、様々資料にあたったりもした。やはり「刀は武士の魂」という気がした。ならば、人間は死して魂を残し、幽霊となる。数百年と伝えられた刀にも霊があってもおかしくないのではないか、とも思ったのでこのタイトルになった。
【参考書籍など】
「日本刀事典(普及新版)』 得能一男/光芸出版(2003年)
『増補 日本刀図鑑』 得能一男/光芸出版(2003年)
『図説 剣技・剣術』 牧秀彦/新紀元社(1999年)
『図説 剣技・剣術(二)』 牧秀彦/新紀元社(2001年)
『図説 剣技・剣術(三)名刀伝』 牧秀彦/新紀元社(2002年)
『新選組・斎藤一のすべて』 新人物往来社(2003年)
『日本史総合年表』 吉川弘文館
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