(四) 再会
将軍の東帰により、再び新選組が大坂までの道程を警備にあたることとなった。
以八郎はその人員から外されていた。隊士募集の声掛けの為に近江の道場を回るように命じられていたのである。
ゆえに大坂西奉行所の筆頭与力・内山彦次郎が何者かに暗殺されたという事件を知ったのは、内山の死後四日経ってのことだった。
その日、以八郎は寝汗で目覚めた。
五月も終わろうとする蒸し暑い朝である。
「おい、葛山君」
永倉新八に呼ばれた。以八郎は井戸端で半身を拭っているところであった。
「町方から報せが来た。探索をかけていた不逞浪人が丸太町通の長屋に潜んでいるらしい。手伝ってくれ」
以八郎は手早く身支度をして、屯所を出た。
永倉と二人連れである。天気が曇っていたので念の為に高足駄をつっかけて大股で歩くと、道で擦れ違う者達がそっと遠巻きにした。「壬生狼」と囁かれているのだろう。
永倉はまったく意に介さず、胸を反らせて進んで行く。
やがて裏店の目指す長屋に近付いた。野良犬が路地を走り去って行った。
長屋の入口で筵を広げている羅宇屋が、ちらりと目明しに視線を寄越した。確かに中にいるという合図のようである。
永倉は抜刀し、いきなり表戸を蹴倒した。男は三和土に仁王立ちになっていた。既に手入れがあることを予感していたのであろう。だが、まさか真正面から踏み込んで来るとは思いもかけず、その顔に少しの驚愕があった。
永倉の奇策ではない。
大体がこういう男なのだ、と以八郎は思った。刀を構えた男はまだ若かった。永倉の初太刀をかわし、下段から繰り出す。薩人の剣ではない。「葛山」と、永倉の雄叫びが走る。
以八郎は鋭い気合とともに、相手の身体が視野いっぱいに迫ってくるのを見た。
一瞬、血の気が下がったようになったが、気付くといつしか自分が上段から刀を振り下ろしていることが判った。男の左肩がぱくりと裂けていた。以八郎は無我夢中で二の太刀を加えた。
袈裟懸けに斬り下げられた男は、どうと埃っぽい土間に倒れた。
虫の息になった浪人を町方が慌てて近寄り、縄を掛けて戸板に載せて行った。
その後、浪人が生きていたか死んだのか、以八郎には判らなかった。
「よくやったじゃないか、葛山」
永倉が何度も以八郎の背を叩いて褒め称えたが、まるで自分が斬ったというような心地がしなかった。
だが、その日の手柄で以八郎は伍長の任を預ることとなった。五人組の頭になったのである。
以八郎は非番の日、こっそりと本を抱えて屯所を出た。東山の清閑寺に入る。
今や、祗園や木屋町の辺りはおろか、各藩邸周辺も至る処奉行所の下っ引や密偵達が潜んでいて、迂闊に居酒屋や揚屋にも入れない。
奥の書院に入ると、以八郎は吉田稔麿と向かい合った。八月振りの再会である。
「御久し振りです。将軍東帰で厳重な警備の中、上洛は大変でしたでしょうな」
以八郎は言った。
吉田は傍らの小窓を開け、いやいや、と答えた。
「何しろ海路東帰で大坂に目が行ってるだろう。私や久坂君は陸路で入洛しましたよ」
吉田が一通り近況を報告すると、以八郎は気懸りであった事を話した。
「例の間者と露見してしまった御倉君達の事ですが」
すると、吉田は少し眉を曇らせた。
「ああ、残念でありました。彼等は桂さんの下についていた若党でしてな。楠などは特に目を掛けられていたのですが」
「新選組というのは恐るべき人斬り集団です。疑わしくば、尋問も加えず斬殺する」
以八郎の脳裡に前川邸での惨劇が甦った。
あの後もまったく小便でもし終えたかのような涼しい顔をしていた斎藤や林の顔が浮かんだ。
「しかし、仕方ない」
吉田は言った。
「露見するような下手をした彼等にも非はありますよ。能がなかったのです。その点貴殿はうまくやってくれているので安心しています」
以八郎ははあ、と頷いた。
だが、吉田のこの言葉に何処かうそ寒いものを感じずにはいられなかった。もし、間者であることが暴露してしまえば、御倉らと同じ烙印を押されるのである。
以八郎は長州の人間ではない。其処まで吉田に義理立てをする必要は無いのではないか。
「実は、肥後の宮部さんも密かに入京しています。いずれ近いうちに我々で幕府に大打撃を与える計画を進めていますが」
「どのような?」
「それは言えませんよ」
吉田は苦笑した。
「貴殿を信用していないわけではない。しかし、表向き新選組に属している貴殿に伝えたと仲間に知れたら、私の立場が危ういですからね」
そして、以八郎が何も知らぬまま六月五日が訪れた。
(三)へ
(五)へ