(八) 暗雲

 八月四日になり、池田屋事変に出動した全員に等しなみに十両が配られた。
 局長室から出て来た永倉新八が、不審そうな顔をしていた。
「葛山、お前幾ら貰ったのだ」
「七両です」
 以八郎は正直に答えた。
 すると永倉は眉を顰めた。
「おれは沖田、藤堂らとともに別段金十両を頂戴したんだがな」
 それに次ぐ功として、以八郎含め島田魁、井上源三郎、原田左之助、斎藤一が別段七両。
 局長の近藤は別段二十両、副長・土方は十三両であったという。
 隊士等の武功を判断するのは各々の刀傷を近藤、土方らが検分して決めたという。そのことに永倉は不服を持っていた。
「確かにあの乱闘の中、誰がどのような働きだったかお互いに見ている余裕などないゆえ、その方法しかなかろう。だが、近藤さん土方さんの剣は誰が検分したのだ?局長は私とともに斬り込んだので中途までは見たが、その後はわからん。土方さんは元から階下にいたのでさらにわからん」
 それに、刃こぼれのみでは判断の仕様が無い。
 下手な受太刀で折られてしまっても査定の対象となるのか。以八郎は言われてみて初めて、成る程と思った。
「おれがもっと気に食わないのはな」
 と、永倉は目を剥いて言った。
 山南敬助ら屯所の留守を守った隊士には何の賞金もない。
 あるいは山崎烝のように、池田屋割出し前夜まで活躍していて、隊務でたまたまその日京を離れたという者にも無いのだ。
「しかも、周平は途中で刀を折られている。本来なら別段金も無しなのに、五両だ。島田にしたって斬り込み以前の偵察の功を加味してもよかろうに」
 永倉は鼻息を荒くした。
「どうも局長は子飼いの連中に甘い」
 試衛館一門と自分に甘言を使う者に弱い、と言いたいのだ。
 あながち永倉の言う事も否定は出来ない。
 確かに近藤には前々からそういう傾向がある。以八郎は、試衛館一門の結束の固さは京で田舎侍と馬鹿にされない為に団結して名を高めようというものだと解釈していた。
 しかし、江戸の頃からの付き合いである永倉がそう言うのであるから、やはり偏重があるのだろう。
「ひとつ抗議してくる」
 と言い、永倉は局長室に戻った。
 以八郎はふと先日の日光屋での近藤と永倉の遣り取りを思い出し、いやな気分に襲われた。
 そうして以八郎の思惑通り、永倉は不機嫌を増幅させて戻って来た。
「おい葛山、ちょっと話がある。明日の晩木屋町の『狐火』まで来てくれ。五つだ」
 以八郎にそう言い残すと、永倉はうっそりとした歩き方で八木邸を出て行った。
 以八郎は呆気に取られるばかりであった。
 そもそも局長に直に文句を言おうとする胆力にも驚いたが、いったい永倉が何を言ったのか。判らないが、隊中は俄に暗雲が立ち込めて来た様な雰囲気でもあった。
 翌日、日中の見廻りを終えた以八郎は永倉の指定した居酒屋へ向かった。
 胸中は落ち着かない。先立って天龍寺で逃がした老人はすぐに奉行所の下っ引に捕らえられ、六角獄舎に入れられたと監察方の噂で聞いていた。
 焼け野原になった洛中に、最早桂小五郎は潜伏していないのであろうか。その事までは知れない。
 だが、この厳戒態勢の中で京から逃れるのは、至難の業である。いずれかの公卿、馴染みの芸妓の下に匿われていることを、以八郎は密かに願った。
 さて、『狐火』に着いた以八郎であったが、居合わせた面々に驚きを隠せなかった。
 当の永倉はいちばん奥に座っていた。
 上座というのではなく、お互いが向き合うという形に原田左之助、島田魁、尾関雅次郎、そして斎藤一。以八郎を含めて総勢六人であった。
 以八郎の何よりの驚きは、この席に斎藤がいるということである。
「よく来てくれたな、葛山君」
 永倉は破顔した。以八郎は、尾関の隣に座った。
「しかし、六人とは些か頼りねえな」
 と、着流しに立膝、毛脛を露わにした原田が言った。
 永倉は、いやいやと首を横に振った。
「六人だろうが二人だろうが、こうして声を掛けて応じてくれる者は有り難い。副長助勤のおれ、原田、斎藤。監察の島田、尾関、伍長の葛山と、役付きばかりで頼もしい」
 永倉は四角張った顔を綻ばせて言う。
 そして先日、池田屋事変の恩賞が配られた時の話をし、局長に対する憤懣を述べようとした。すると、
「今朝の事だがよ」
 原田が横槍を入れた。
 日中の見廻り人員を集めてみると、原田率いる一隊の頭数が足りない。他の班に聞いてみても、五人のところ三人であったり、同じ様な状況にあった。
 事情を平隊士に問うてみると、恩賞を頂くや否やで何名かの隊士等は島原や祗園へ繰り出して戻って来ないのだという。
 原田は呆れた。
 この男、見た目は伝法で、新選組一、二の色男は土方か原田かという風情なのだが遊郭通いは得手ではない。隊務を放り出してまで行くものかと不機嫌になり、さっそく局長の元へ報告に行った。
 すると近藤は、顔を真赤にして矢庭に原田の額を拳固で殴った。
「副長助勤ともあろう者が監督不行届だぞ。すぐさま揚屋に行って奴等を引っ張って来い」
 と言う。
 仕方なく使いを遣って呼びに行かせたが、屯所に戻ってきた平隊士等は殆どへべれけの状態で使えない。
 この様子を見た近藤は、また怒りに怒った。有無を言わさず平隊士の頭を殴りつけ、井戸水をぶっ掛けた。
 だが、結局使い物にならないので残りの人員だけで市中見廻りを行ったのである。
「なあ、お前も見てたろ葛山」
 以八郎は原田に言われ、慌てて頷いた。
 しかし、近藤の怒りは尤もな気がすると思って見ていただけである。原田もそうではなかったのか。
「おれが怒られたってのは、或る意味仕方ねえけどもよ。何も訊かずに隊士をぶん殴るってのは見ていて気持ちのいいもんじゃあなかったぜえ」
 原田の言に、永倉は深く同意したようである。
「隊務を怠る程の遊興と言うのは論外だが、奴等も六月から此方、毎日気の抜けない日々で、ふと小金を手にし、度を越してしまったのよ」
「そうそう、そのくせ近藤さんは身内に甘いってとこあるからな」
 原田が盃を干した。
 身内というのは、古参の井上、土方、沖田、それから周平を指しているのだろう。
「まあ気さくな人柄で、それまでの道場とは違って居心地良いやと思って居候。ここまで来ちまったがよ。果たしておれらが近藤さんの為に其処まで命張れるかって考えると、首を傾げたのよ、おれも」
 原田は飲み続けている。
「ひょっとしたら、おれらが思ってるほど近藤さんはこっちを思ってくれてんだろうかなあ、とな」
 その言葉に、皆が申し合わせたように顔を見合った。
 永倉が、一頻り深くうむと頷く。
「原田の言うことも兎も角、おれ達は少なくとも近藤さんの家臣として、新選組に加わったのではない。志を同じくする者の集まりとして結束し、その中で役割に応じた責務を果たそうとしているのだ。主従関係ではない。これまでの旧態依然たる武門の遣り方とは違う方法で、幕府に尽くそうとするのだ」
 永倉の言葉には一々説得力があった。
 確かにその通りである。近藤勇を筆頭に、土方、山南という頭脳を置き、実戦部隊を率いる副長助勤と情報を網羅する監察方、いずれの人員も能力に応じて役に就くという組織であるのだ。
 そこに近藤一人の主観や好悪、まして利害が介入するのは愚かである、と永倉は言うのだ。
 決して感情に流されて近藤批判をしているわけではないのだ、と以八郎は感じ入った。
 さて全員がそう思っているのだろうか、と以八郎はそっと席を見回す。各々真摯な目付きであった。相変わらず冷めた目付きの斎藤に視線を遣ると、目が合ったので慌てて逸らした。
「やはりこの男の考えていることは知れない。近藤、土方の言いなりかと思えば永倉の意見に同調してこの場にいる。いったい何のつもりだ」
 そして、以八郎は思った。
 もしかして、斎藤は近藤或いは土方が永倉の動きを探るために投入した間者ではないのか。
 そう考えると、酒を飲む斎藤の口元に浮かぶ微かな笑みさえ、空恐ろしいもののように見えた。
 
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