(一)
警視庁一等巡査・藤田五郎は珍しく悩んでいた。
近頃、手下の巡査や探索らがどうもそわそわしている。
今朝ほども、六本木の民家で押し込み強盗があって、出動した。藤田は若い巡査三人を引き連れて現場へ急行。
強盗は老婆を脅して金目の物を盗み、二軒目に入ったところで見付かり、居直った。
その家の子供を楯にとり、「三百円出せ」と喚き散らすが、どこをどう贔屓目に見ても十円の貯えもあれば上出来の長屋。返って来る言葉は「んなもなァ、こっちが用立てて貰いてえ」の家主の濁声。
「出せ」「出せねえ」の押し問答をやっているところ、藤田らが裏口から飛び込み、一網打尽にしてしまった。実に他愛も無い事件だった。
問題は違うところにある。
「お縄頂戴」と、強盗を組み伏せたのが、半木(なからき)誠志郎という年二十四の若い三等巡査だったが、なんと強盗は、誠志郎を見るや、満面朱に染めて、
「兄さん、おれのこれになりねえ。ああ、兄さんに縄をかけられるたァ、たまんねえ」
と口走ったのだ。
この半木誠志郎、確かに稀代の美形。色子も歯軋り、花魁も裸足で逃げ出さんばかりの麗顔である。
それにしたって、強盗の言い草には呆れる。同輩の増岡祐一と村井宣武という巡査も憮然となった。
が、誠志郎は何のその。涼しい顔して強盗を羽交い絞めにし、連行したという成り行き。
それが元か、増岡と村井はぎすぎすとしている。
やれ「色目を使って捕縛するとは」だの、「半木はどうせ役者上がりに違いない」だのと毒づき始め、ちょっとした口争いにもなった。
藤田は流石に見かねて、
「巡査ともあろうに、下らぬ事で言い争うな。増岡、口が過ぎるぞ。半木は役者ではない。小旗本(こっぱた)の出身と聞く。いい加減な事を言うな」
叱られた当人らは、しおしおと詰所へ戻って行ったが、その後も何となくそぞろ浮いた空気が巡査達の間に流れていた。
「何を悩んでおるんです、藤田さん」
と、気軽に声を掛けたのは朋輩の高井戸巡査だった。
「また深酒ですか。それとも御内儀とやり合ったとか?」
「深酒よりもおっかねえのが深情け。宿酔どころか宿も帰さず……てな事はねえよ。それにうちの奴とははなからやり合うなど」
藤田はひょうきんに言ってみせた。
妻の時尾は会津藩目付・高木小十郎の一人娘で、いわば偉いさんから貰った珠玉の嫁ゆえに、畏れ多い。そもそも喧嘩に至るとも、お互い尊重し合う夫婦仲だ。
「いやいや。うちの組のやつらときたら、どうしてああも顔付き合わしちゃ、つんけんしてるのかとね」
すると、高井戸はははあと意味ありげに唸った。
「そりゃあ恐らく、半木の所為だろう。半木が所属してからではないですか?」
「――そう言われてみれば。今朝ほどの捕物もそうだ。あ奴が関わったな」
藤田の思案顔を見て、高井戸はそっと耳打ちした。
「色ですな」
「は?」
「色恋のいろ。半木を巡って妙なことになってやしまいかと」
「お、男同士か。衆道とはいただけんな」
藤田は顔を顰めた。高井戸はにやにやと笑う。
「私娼禁止のお触れ以後、巷にゃまた美少年の書生を囲う役人も増えたとか何とか。若い奴らは女日照りでしょうや。ちょいと小奇麗な男に気が向いても仕方ありませんなァ」
「それにしても、庁内でやるのはいかん」
藤田は勢い怒った。
そういわれてみればその昔、藤田が斎藤一という名で京の新選組にいた頃、隊内では専ら男色が流行していた。衆道も武士のたしなみ、戦乱の世からの倣いとはいえ、詰まる所は岡場所の女を抱く金もないという赤貧のなせる業。決して褒められた事ではないだろう。
と、ふと往時に思いを馳せる藤田のことなどお構いなしに高井戸は、
「大人しくやってくれるのは構わんのですが、若い奴らは無意味に派手で傾いとりますからね。あまり羽目を外すようなら一つ、藤田さん。あなたが喝を入れてやりなさいな」
他人事だと思って、と藤田は内心毒づいた。
「ところで半木は以前、青梅の派出所にいたと聞いたが、どうしてこっちに配属されたんだろうね?知っているかい高井戸君」
「何だ。何も聞いていないのか、藤田さんは」
と、高井戸は呆れて首を竦めた。
「半木の母方の実家が青梅の酒屋のようでして。最初はそっちにいたんですよ」
警官の俸給といっても然程高額ではなく、一人住まいは不便である。しかも出自からすると、旗本の四男坊と聞いているが、御屋敷の女中が実母のようだ。
器量良しの酒屋の娘が行儀見習いとして府内に奉公へ出、殿様のお手がついた。
それで生まれたのが、稀なる美貌の男子誠志郎。
幕府の瓦解で一家は離散、当主は所領地へ越し、当然部屋住みの庶子として誠志郎は体よく追い払われたということだろう。目に見えるようだ。
「その実家の造り酒屋に押し込みが入って、その一味を斬り伏せたのが警部らの耳に入って、呼び寄せたんですよ」
「へえ。おれは全く知らなんだ。何やらここのところ忙しなかったんでな」
藤田は腕組みした。
「斬り伏せたっていうのなら、半木はヤットウはいける腕のようだな」
「田舎の家ですからね。真剣の一振りは置いてあったんでしょうな。六尺棒どころか三尺棒では頼りにならんと」
巡査らは基本的に帯刀を許可されていない。
しかし、来る時に備えて各々警視庁の道場で稽古を積んでいる。藤田の上官であり、大警視の川路利良は警官らによる『抜刀隊』の組織を考案していた。
「ということは、半木も抜刀隊の頭数として確保したいということだな」
藤田はそう理解した。すると、半木誠志郎のあの強盗を組み伏せた時の力は真なのだろう、と思い返したのだった。
「だが、それでも男色はどうもな」
生まれて一度たりとも男に興味を覚えたことのない藤田は、やはり胃が痛かった。
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