(六) いろは丸事件
その機会は翌日にやってきた。
坂本と共に上京していた中島作太郎が、陽之助を訪ねてきた。
「沢屋でのうて、木屋町筋の何たらいう旅籠まで来いというから、何事かと思えば――」
中島は大笑いした。
陽之助のような気難しい男に向かって、大口開けて笑えるような人間は数少ない。
「外出したいのだが、この格好では出られん。適当なのを見繕って来てくれまいか」
「もったいぶって。誰も陸奥君のことなど見とりゃせん。どうせ遊郭に行きたいだけのくせに」
そんなことはない、と陽之助は仏頂面になった。自意識の強い男なのである。
「伊達男の陸奥様は、それでは納得しはらへんのどす」
膳を運んできたやえが、幾分皮肉混じりに言った。
「成る程、伊達男か。はは」
中島はまた笑った。陸奥の本来の苗字は伊達である。偶然とはいえ可笑しい。
「いけずだ。小面憎いことを言う女将だろう?」
やえの姿が見えなくなると、陽之助は言った。中島はふうん、と鼻を鳴らした。
「おんしが小面憎いというからには余程に鬼のような女子かと思えば、全くの逆だな。いい女だ。おんし、満更でもなさそうだが」
「ふん。憎まれっ子にいけず口をきくのは、不敵かつ恐いもの知らずなだけよ」
と言っても、確かに中島の言うよう、やえという女との会話にはそれなりの面白味があった。
恐らく、その為だけに平野屋へ戻っているような気がする。何処へ行っても、何やら殺伐の感があって、人一倍その気に敏感な陽之助にとっては寛げる場所は少なかった。
「それにつけても、海援隊の陸奥を襲うとはやはり紀州の手下か」
中島は、湯気のほこほこ立ち昇っている味噌汁を啜った。
「紀州か」
御三家の紀州家は、今も所謂江戸派の佐幕方の力がまさっている。
それが昭徳院(家茂)を輩出して、京の政治に関わるようになって漸く、朝廷に繋がりの薄いことに気付いた。
陽之助の父・宗広と兄・宗興が脱藩して京で尊王活動を行っていた時、伊達家の尊王方、朝廷、公家との関係を利用しようと帰参を促し、その為に宗興などは破格の待遇で再任された程だ。
それ程、紀州には人材が不足していた。
しかし、陽之助はこれにはよい顔はしなかった。
「日和見の御都合主義め。兄上は一家の主ゆえ仕方なかろうが、おれは知らん」
主家の勝手な都合で生き方を左右されるのは不本意なり、というので伊達家と生計を別にする陸奥という姓を名乗りだしたのである。
「最早、おれは紀州人でもない。一個の日本人である」
これは坂本の考えに大いに追随するものだが。
そして、その紀州藩は今や財政逼迫で難渋している京都守護職・会津藩の代りに実質、新選組の経済的後ろ楯ともなっていた。
「新選組の近藤は、紀州の三浦休太郎とじっ懇と聞いた」
中島は声をひそめた。
「それは京に居れば、何とはなしに耳に入る」
陽之助とて、虫の騒ぐままに祇園や三本木に日参しているのではない。そうした意味では、密偵行動に似た事も辞さない。
幕臣や紀州藩士とおぼしき人間と新選組の幹部が会合を持っているのを、遠目にした覚えはある。坂本や陸援隊の中岡慎太郎にしても、同じだ。幕臣とも付き合いがある。思想や主義とは別に、個人的繋がりもある。
ただ、紀州は如何。
今年の四月、瀬戸内海の鞆の浦で起こった海難事件から、海援隊と紀州藩は険悪になった。
所謂「いろは丸事件」である。
いろは丸は、そもそもが伊予大洲藩の船である。船籍からすれば、海援隊の物ではない。
これについては船の購入のことから様々にけちが付き、不幸を拭い切れなかった経緯があった。
大洲藩に、砲術指南方・国島六左衛門という男がいた。
この男が長崎で銃を購入しようとして、坂本竜馬に会った。すると、
「これからの時代、軍船の一隻もにゃああかんぜよ。貿易をするには船じゃき」
と言われ、国島は成る程と考えた。
しかし如何せん、藩には蒸気船の操舵の経験者がいない。
「なら、こうしゆう。海援隊の中から操縦出来る者を派遣するきに」
と言うので納得した国島は、オランダ商人ボードウィンから船を購入した。
ところが国許へ帰ってみれば、多大な反対に遭い、「勝手に藩費で船を購った罪は重い」とされ、国島は進退窮まって自害してしまった。
結局はそれも尊王派であった国島を失脚させる為の佐幕派の企みであり、言いがかりであって、国島は藩内抗争に敗れたのである。
この船がのちにいろは丸となる。
どういうわけか大洲藩は、海援隊に利用されていても余り文句は言えなかったようだ。海援隊の後ろ楯が大藩の土佐であるゆえか。
坂本は国島の死を知り、墓参に行ったというが、それでも死んだ方にとってはあんまりな話である。
慶応三年四月二十三日。
夜半、陽之助は目覚めた。
飛び起きると、平衡感覚が定まらず、膝をついた。取り合えず甲板へ出ようとして、今度はもっと酷い衝撃にやられた。
「座礁したのか」
と感じたが、そうではなかった。
いろは丸の船体の向こうに巨船が見えた。
「おいおい」
当てられたのである。何方が先に当たったものかはわからないが、一寸の衝突でも船は川面の木の葉のように揺れた。相手は大藩の船だというのは、暗い中でも明白である。
「止まれえ、止まれえ」
いろは丸から喚声が上った。坂本らの声である。陽之助は覚った。こんなに派手に巨大な藩船を有する必要のある藩で、瀬戸内海を航海しているなど、思い当たるのはそれしかない、
「紀州藩船・明光丸」
であることが判明したのは、間もなくのことだった。
初夏の暗い海潮の香が強く匂った。
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