(七) 四万両の口八丁
いろは丸は沈没した。
一度の衝突ではなく、坂本らが短艇を下ろして明光丸に移り、注意を促してから再びいろは丸の船尾に当たったのである。二度目はいけない。
およそ十倍近くの規模の差がある。
穴の開いた船が沈む前に、海援隊の隊員は皆明光丸に乗り移った。
こうなっては仕様が無い。
翌朝、まんじりとしないまま、陽之助らは明光丸の乗組員と共に鞆の港へ下りた。
坂本は先ず主張した。
「貴殿らが過失で大破沈没したいろは丸の損害は、いずれ補填して頂く。船体の購入費用、積荷、我々の商談相手にかかる差損、全て含めてだ」
これに対応したのが、紀州藩・高柳楠之助という船長だった。
「拙者の一存では直ちに返答しかねるゆえ、国許の指示を仰ぐ」
と言った。
「さしあたっては、船がのうては長崎にも戻れん。便乗する権利はあろう」
本来は大坂へ積荷を運ぶ筈が不可能になったため、坂本は明光丸で長崎まで戻るつもりだった。
ところが、乗船拒否されてしまった。
「火急の用務がある。貴殿らを乗せる余裕もなければ寄港は不可能だ。追って、この件の沙汰を待て」
その一点張りでついに置き去りを喰らってしまった。
さしもの坂本も、これには大いに腹を立てた。
否、腹を立てないほうがおかしい。
船を沈められたうえに、便乗もさせて貰えない。紀州家とい大藩であるゆえの尊大な態度に、怒りを覚えたのである。
紀州藩は紀州藩で、海援隊などと得体の知れない若僧らなどをまともに相手にしていられない、と言わんばかりであった。
「ふん。前々からああいう奴輩なのは知れたことだ」
陽之助は思っている。
とりわけ、今藩内の実権を恣
(ほしいまま)にしているのは、水野土佐守派の連中である。
しかし、普段の陽之助の言動が何かにつけて仲間に対して刺々しいので、
「なんちゃァ、やっぱり紀州の奴ちゅうな、気取りすかして他人を見下しちょる」
誰かが陽之助を睥睨してそう言えば、皆も思い当たるところがあるらしく、同じ目で陽之助を見据える。
「所詮はお歴々の坊ッちゃまじゃあ、わしらには合わせられんわな。とっとと紀州にいねばよかろうによ」
陽之助の境遇を知っていながら、ここぞとばかりに攻撃をする。
陽之助も初めは莫迦らしい、としか思っていなかったが、次第に不愉快になってきた。
「物事を一方で見、己の感情にのみ正直な阿呆どもに何がわかるか」
坂本は何故にこういう単純馬鹿までも養うつもりなのか、と憮然たる心地で己の処遇についてとやかく論駁し、白熱する仲間をまるで他人事のように見ていた。
「陸奥君には直接何のかかわりもないのに、これでは困ります」
中島作太郎が坂本に進言して、漸く騒ぎが収まった。
放置しておいたら、やがて陽之助の命も危なかったのである。
どういうわけか、中島はこれ程憎まれている陽之助に好意を持っていたし、土佐の"いごっそう"としても、どちらかといえば沈着の性質であった。
しかし、組織内での峻烈な粛清も対立もなく、海援隊が運営されているのは、やはり是れ坂本竜馬の人格に負うところの大なればであろう。
さて。
船を失くした海援隊は、干上がった河童である。
紀州藩はまともに取り合おうともしない。
「かくなる上は、公に出て判断を仰ごうかや」
裁判に下駄を預ける。
しかし、更に黙っておかないのが坂本の非凡なところで、丸山遊郭に通ってはこんな戯れ歌を座敷で歌い踊った。
「船を取られたそのつぐないは金を取らずに国を取る」
瞬く間に巷間に噂が広まった。
そうなると判官びいきというもので、圧倒的に分が悪い海援隊に対して世間の同情が集まってきたのである。
日頃、九歳も年下の陽之助を「陸奥大先生」と持ち上げて、智恵を引き出そうとする坂本だが、
「何の。策士は坂本さんの方だろう」
陽之助は思った。
直截に文句を言うよりは、民衆を味方にして世論を操る方が上手だ。
かねてから幕府の人気は西国では凋落の一途を辿っていたが、その大立である紀州の尊大さに皆がますますうんざりしたのである。
「一介の浪士の集まりを虚仮にしちょるきに、ぎゃふんと言わせちゃる」
その心意気が大いにもてはやされた。
紀州五十五万石を取るというのだから、肝が太い。
まず、坂本は自己解決の為に記録を薩摩の西郷吉之助と家老・小松帯刀に送り、中岡慎太郎にもそれは閲覧された。長州の桂小五郎にも報せるという周到さで、実に大事であると触れ回った。
そうして外濠を埋めていったところで、さて談判である。
"事故が起こった時、明光丸側には見張りの士官が一人もいなかったこと"
"事故処理を直ちに行わず、海援隊士らを鞆の港に置き去りにして行ったこと"
この二点を挙げて言い募る。
世論は海援隊に厚い。交渉する紀州側は、へとへとにまいってしまった。
紀州は、長崎に居た英国艦艦長にも相談したが、
「万国公法に照会したところで、落ち度は紀州側にあり、裁判に勝ち目はないだろう」
と言われ、已む無く薩摩藩に調停の仲介を頼んだ。
「何じゃ、調停に持ち込まれるとはな」
坂本は少しがっかりした様子で肩を竦めた。被害者は出来る限り有利に賠償させたいと思うものである。
「とにかく、紀州も非は認めるということらしい。全権、おいに委ねてたもんせ。坂本さんらの悪いようにはせん」
薩摩の五代才助が坂本に面会に来て、調停人として立つことになった。
五代と坂本は、例の操練所解散後に大坂の薩摩屋敷に居た頃から、付き合いがある。
何より、いろは丸自体が実は五代を通じてボードウィンから大洲藩に売買されたものであり、事故は事故にせよ因縁は免れない。
「船の代金と積荷の補償ばさせる。内訳を書いてたもんせ」
五代が言うので、坂本は陽之助を呼んだ。
「まず砂糖、綿、大豆はおのおの幾らじゃったかの」
帳簿を開いて陽之助が示すと、坂本は「忘れちゃならん物がある」と、鹿爪らしい顔をした。
「千両箱のことですか」
陽之助は顔色一つ変えずに答えた。
坂本は、五代の胡乱げな目付きをちら、と窺った。
「あれにはライフルが二千挺ばかり……」
談判の当初、海援隊は積荷には、綿や砂糖の他に武器を積んでいたと主張していたのである。
沈んだ船には最早引き揚げるべくもない。積まれていなかったものでも積んでいたと言い張るつもりだった。
とはいえ、紀州藩もそう言われて然様か、と引き下がる程の間抜けではない。
ゆえに「証拠のないものは賠償出来ん」と、撥ね退けた。武器の搬入経路や仕入先は、足跡が残るので調べたのに違いない。
「そのライフルを岩国で下ろして、四万両受け取ったじゃあありませんか。坂本さん、お忘れになっちゃあいけませんぜ」
陽之助は、いっぱしの軍師気取りで言った。坂本は筆尻をくわえたまま、
「はあ、そうだった、そうだった」
ととぼけたように手を打った。
「四万と一千両。そのうち、一千両が海援隊の取り分。ま、尤も港みなとの妓楼でつけ払いと遊興に半分以上使っちまいましたがね」
五代は、
「ほう。ライフル二千で四万両とは、随分ふっかけとるが――まァ、ええじゃろう」
と、にこりともせず覚書を受け取って帰って行った。
坂本は五代が帰った後、陽之助の顔を見ず団扇を使いながら言った。
「おんし、恐ろしい男じゃのう。平気で嘘をつく。そん面で」
「何がですか」
「しかも芸達者じゃ。いずれその道で食っていけるちゃ」
五代にはばれている、とでも坂本は言いたいのらしい。陽之助の際立った商才を知らない五代ではない。五代もまた算盤勘定には、大得意だ。
陽之助は、へえと眉尻を下げた。
「役者になれと?」
「阿呆か」
と、坂本は振り返ってげらげらと笑った。
「嘘つき小二郎め」
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