(九) 大政奉還成る

「どうでもいい事かも知れんが、おれに向かっておっちゃんおっちゃんと言われると、それだけで気分がげんなりする」
 新しい袷を着込んだ陽之助は、やえに報告した。
「それはすんまへんなあ」
 やえは里芋の皮を剥きながら答えた。白い手指の先が赤らんでいる。
「父親以外の男の人は皆おっちゃんて呼べ、と言い聞かせてますよって」
「教育としてどうかと思う」
 すると、やえは声を立てて笑った。
「正直に言わはる。そないに言われたら、考えますえ」
「いや……」
 と言い掛けて、陽之助はやめた。呼び方云々ではなく、余り懐かれても困る。
 所詮は根無し草の志士である己に、安穏の空気はそぐわない気がした。
 かといって、源太を見ていると、
「復讐だ。おれは紀州の奴等に復讐する」
 と、叫んでいた前髪の頃の己を思い出さずにおれない。そして、肉親を殺害されるという事実を目の当たりにした源太にとって、それは尚の事切実な問題に相違ない。
 だが陽之助は、源太が「おとんの仇を討って」と己に頼み込んだことは、やえには言い難い。
 正体がばれては、あれこれと面倒臭い。
 それこそ幕府にとってはお尋ね者同然の坂本竜馬の腹心とわかると、平野屋も迷惑を被る可能性がある。
 長崎や土佐ではなく、此処は京なのだ。
「お出かけにならはりますのんか?ほいたら夕餉はどないなさります、陸奥様」
 やえは、陽之助の苗字をばか丁寧に強調して言った。
「さあ、どうなるか判らん」
 と、陽之助は答えた。本来は海援隊の常宿である沢屋へ戻るべきなのだが。
「何やら御所の方が物騒なことやと噂んなってますけど」
「らしいな」
 陽之助は他人事のように相槌を打って、草履を履いた。
「会津はんと薩摩はんが戦をはじめるんやないのか言うたり、土佐から大坂に船が着いて京に大砲打ち込むとか。どないなるのか、うちにはさっぱりやけど」
 何だ、京の市中はもうそこまであることないこと噂しているのか、と陽之助は内心驚いた。
「……いや。噂は果たして、勝手に流れ出たものだろうか?」

 三日前の十月十五日。
 かねてより坂本竜馬懸案の業が成った。
 大政奉還である。
 坂本が後藤象二郎を通じて土佐藩に呈示したそれが、朝廷に受理されたのが十三日。
 明後日の十五日に将軍・徳川慶喜が参内し、「政権を朝廷に帰するの号」をその晩、二条城の会議で示した。
 後藤が記したこの報せを、近江屋の二階で受け取った坂本は感極まって泣いた。
 尤もな事だ、と居合わせた海援隊士らは思った。坂本は、この瞬間の為に東奔西走してきたのである。
「弱体化し、疲弊し切った幕藩体制を棄て、新たな世の中を構築する」
 のが、坂本の思想の核であり、彼を取り巻く人間も賛同した。
 世に「船中八策」という。

 一つ、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事
 一つ、上下議政局を設け、議員を置き、万機を参賛せしめ、万機宜しく公議に決すべき事
 一つ、有材の公卿諸侯及び天下の人材を顧問に備え、官爵を賜い、宜しく従来有名無実の官を除くべき事
 一つ、外国の交際広く公議に採り、新たに至当の規約を立つべき事
 一つ、古来の律令を折衷し、新たに無窮の大典を選定すべき事
 一つ、海軍宜しく拡張すべき事
 一つ、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事
 一つ、金銀物価宜しく外国と平均の法を設く事

 この第一を「大政奉還」として実現させるに至った。
「もし大樹公がこれを無視なさるなら、海援隊一手を以って刺すことも辞さん」
 とさえ、坂本は後藤に言った。将軍を刺してまで、というのだから過激この上ない。
 ところが。
「ああ、やはり慶喜公は賢明ちゃ。よくぞ、ご英断なさった。ほんまによう、なさった。あしは、以後必ずこん人の為に報いるぜよ、命を懸けても」
 後藤の手紙を握り締めて坂本が男泣きに泣いたのには、海援隊の一同も瞠目した。
「そこまでの男かね、あの徳川慶喜ってのは」
 正直なところ、陽之助には半信半疑だった。
 だが、坂本の言うのは言葉づらだけ捉えてはならない。
「恐らく、将軍は江戸の幕閣は勿論のこと、老中首座の板倉や会津・桑名にも相談せず独断で決めたのだろう。渡りに船というやつだ。内心、政権放棄を考えていたのかもしれん。そう思えば、成る程明晰な将軍か。しかし、それを周囲にに責められた時、誰一人庇う者がおらんでは酷い」
 坂本は、その責めを自分が負っても構わないという意味で、さっきのような事を言ったのではないか。
「にしても割に合わない。何を考えているんだろう、坂本さん」
 それから直ぐ、陽之助は新政府の制度に関する草案を作成するというので、居残らされた。
 坂本は、そもそもその目的で陽之助を京へ呼び寄せたのである。
「急いては事を仕損じる、と言いますぜ坂本さん」
 陽之助は、筆硯を用意しながら言った。
 坂本は、じろりと近眼の目を剥いた。
「なんちゃ。おんしは、あしが急いどう言うがか?」
「そう見えます」
 陽之助はゆっくりと墨を摺りながら、答えた。
「……世の中にゃ、急がにゃならんこともある」
 坂本には珍しく、歯切れの悪い言い方だった。
 陽之助は、それ以上訊かなかった。それもまた、この男にしては珍しいことだった。いつもなら、もっと食って掛かるような議論をすることさえあるというのに。
「先手、先手がきかなくなるかもしれんということか。やはり、武力衝突は避けられんのだろうな」
 と、予測した。
 倒幕に向けて兵を上京させる準備を怠りない薩摩と長州に先んじて、坂本は「大政奉還」という必殺の策を放ったのである。それもこれも、これまで回天に向けて遅れを取った土佐藩の為である。
 しかも、勝塾以来の思想として坂本は、
「武力による革命は極力避けたい。それに、日本は清国や朝鮮とも手を結ぶべきだ」
 という方向にあった。
 これはそのまま、勝の考えでもある。
「おれは必ずしもそうは思わない。理想は理想だが、現実はそうはいくまい。ただ、今は戦をすべき時期ではない。国力を殺がれれば、それだけ外国に付け入られる。清国のように」
 陽之助はそう思う。
 外国列強の圧力が強まる中で、内乱など起こしている場合ではなく、また一大貿易商社を目指す海援隊の本拠が不安定な内政を抱えていては市場が荒れて困るのだ。
 陽之助は、何やら昏い気分を抱えながら、殆ど徹夜で筆を揮った。
 夜が明けると、薩摩屋敷へ行って西郷吉之助に面会し、洛北・岩倉村の岩倉具視に草案を見せに行った。
 その仕事が一段落して洛中に戻ってきた時、平野屋の二階から源太が降ってきたのだった。
 疲れの所為からか、燻っていた肺病の兆しが鎌首をもたげているのが判った。
 大坂の蘭方医の診立てでは、肺尖加答児(カタル)という診断であるが、もっと重いものかもしれないと陽之助は思った。
「京は寒い。寒さは肺病に堪える」
 だが、今大坂にも長崎にも戻るわけにはいかない。
 坂本が新官制案を西郷らに提示した時、
「尊兄の名がなか。どぎゃんこつかの?」
 びっくりするように大目玉を剥いた西郷の姿を、陽之助は忘れもしない。
 新政府に参画する人物の中に、坂本竜馬の名がないのである。
「あしは、役人ちゅうのがかなわんのでな。世界の海援隊でもやりましょうかな」
 坂本は笑って答えた。
 それだけである。
 勿論、坂本は倒幕後の政府の先行きを想定している。
「薩摩と長州を結ばせたはええが、このまま行くと結局は幕府が薩長に入れ替わるだけじゃ。そいつを防ぐには、土佐を間に割り込ませ、牽制するしかなかろう」
 ゆえに「大政奉還」を急いだのだ。薩長のみによる政権簒奪に、倒幕の意義はない。飽く迄「新しい国、新しい政府」でなければ。
 何故、坂本が其処に加わろうとしないのか、西郷らには理解しかねるだろう。
 若さという野望を抱いた陽之助にも、それは真似出来ない。
「新政府が樹立した時、もしも大政奉還の原案を為したあしが担ぎ上げられたら、老公に献策した後藤も立つ瀬はなかろうし、土佐が薩長に恨みを買うだけじゃ。あしは、潔く退くべき」
 という坂本の考えが、陽之助には読み取れた。
 それはそれで大人物だ。西郷なぞより、幾倍もでかい。
 そして、その坂本は越前へ旅立った。福井藩の三岡八郎に会い、新政府への出仕を依頼する為であった。

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