(五) 男一匹鍬次郎

 局長狙撃の難が新選組を急襲してのち七日。慶応三年十二月二十五日の事である。
 江戸での出来事であった。市中取締りにあたっていた庄内藩を中心とした藩兵二千人が、芝・三田の薩摩藩江戸上屋敷に焼打ちをかけた。薩摩藩士の市中における横暴を見かねた所業である。
 かねてより、政治の中心が京に傾き、手薄になった江戸を撹乱し、幕府側から開戦の切っ掛けをと考えていた薩摩藩の手にまんまと引っ掛かったという他ない。
 これを機に、旗本や会津、桑名の藩士らは江戸より京へと続々集まり、「薩賊討つべし」の声を轟かせた。
 明けて四年、ついに鳥羽・伏見の戦が始まる。関ヶ原以来、国を二分する大戦の幕開けに、在京藩士をはじめ住民の誰もが震撼した。
 正月三日、鍬次郎は伏見奉行所内の集会所にいた。
 永倉、原田、斎藤ら二十五、六名の隊士とともに新春の祝酒を酌み交わしていた。
「正月早々負け戦たあ、縁起が悪ィ」
 と、原田。
 二日、鳥羽口での緒戦の事を言っている。幕軍はほうほうの体で赤池から下鳥羽へ逃げ帰った。薩長側の犠牲に対して、幕軍はその数十倍を払った。
「それもこれも元旦から吹き荒れる東山からの暴風の所為だというが」
 永倉新八が言った。確かに山々の雪を舐めた烈風が京から大坂に向かって吹き降ろし、幕軍の行く手を阻んでいた。
「いい訳をしちゃあ武士の名がすたる」
 原田は勢い良く言う。
「この調子じゃ、飲まなきゃやってられんか」
 永倉が頷いた。鍬次郎もいつになく黙って升を握り締めていた。
 政事に疎くてやたらめったら暴れたがるだけのこの男も、流石に今度の戦は今までのものとは訳が違うとの勘が働いた。否、近藤と沖田を療養中で欠き、一手に指揮の腕を担う土方の張り詰めた雰囲気や幹部らの言動でも判る。さしもの原田も、口では相変わらずだが何処か腰の座りが悪い。土方のいない時など、
「おまさと茂が心配でよォ。畜生」
 などと言っている。茂は生まれて間もない赤子の名だ。妻子があると、後々のことを思って尽忠報国の志をまっとう出来ない、というのが昨今の主流だ。原田は大いに無視していたが。
「そんなに言うなら京へ戻ればいいじゃないですか」
 鍬次郎は言った。すると、原田の拳固が飛んできた。
「馬鹿野郎、手前。女房子供が恋しいで尻捲れるか。こいつあ関ヶ原だぞ」
「今、心配してたじゃないですか」
「屁理屈言うんじゃねえ。お前も所帯を持ちゃあわかる」
 と、原田が言い掛けた時、永倉が一同に目配せした。道を挟んで北側にあたる御香宮の高台に大砲が次々と運び上げられている。薩兵の仕業だ。
「こいつはいよいよだな」
 開戦間近を知り、隊士等は各々具足を填めはじめた。半刻後、すっかり暮れてから鳥羽辺りで砲音が響くのに応じて、御香宮からも攻撃が始まった。伏見市中の大まかな建物は悉く撃ち砕かれ、奉行所も危険になった。永倉率いる決死隊が御香宮の背後から回り、突撃をかける事になった。
「お前ら薩賊に一太刀でも浴びせぬうちは、生きて戻ろうと思うな。この永倉新八に続け」
 永倉の檄が飛んだ。鍬次郎も立ち上がった。決死隊に加わろうという者が次々に立ち上がる。
 目を赤く腫らしている者もあれば、全身怒りにうち震えている者もいた。そして、鍬次郎の背後から今井祐次郎が立ち上がった。
 突撃の最中、鍬次郎は今井の背中を見遣りつつ思った。「死ぬんじゃねえぞ」
 背後の敵はおれが食い止める。鍬次郎は大刀を振りかざした。
 決死隊は、九名の死者を出し、結局薩軍の銃撃と火災に阻まれ、奉行所に引き返すしかなくなった。しかし、生き残りの中に今井の顔があったのを、鍬次郎は安堵した。
 そうして五日、前日に東寺本営、伏見から長州・土佐連合軍が来援した為、幕軍は下鳥羽からも撤退を余儀なくされ、会津藩兵も淀へと退却した。新選組もそれにつれ、伏見方面からの敵を宇治川堤の千両松で迎え撃つ。
 稀にみる激戦となった。会津藩・別選組の佐川官兵衛ら、旧幕府遊撃隊らとともに川と湿地に挟まれた狭い路での伏兵戦を試みた。だが、ここでもなお寒風に晒され、銃の威力を見せ付けられる。
 別選隊も佐川の負傷とともに半数が斃れた。
 鍬次郎は、土方から退却命令が出された事に気付いた。隘路を渡って銃撃を避けながら、後退する。
「今迄なにくそと鉄砲なんざ軽くみてたが、とんでもねえ。しかし、ここで尻尾巻いて逃げるのも気に食わねえ」
 まだ前方には、浅葱色の隊服が頑張っているのが見える。「ようし、最後に数人斬り付けてやる」と、引き返しかけた時であった。数間前で白刃をかざし、突撃した隊士が銃撃を受けた。
 倒れる隊士に駆け寄った鍬次郎が抱きかかえて見れば、
「今井!」
 今井は肩に脾腹に被弾して、口から泡を噴き出した。喋る事も出来ない。
「この奸賊ども」
 鍬次郎は立ち上がった。銃を構える長州軍勢に踊り込んだ。斬っては返し、斬っては返し、どのようにして十数名の中へ斬り込んだかは後から考えても覚えていない。
 気付くと敵の喉を裂き、腹を突き、返り血に塗れてまたも突き進む。
「鍬の字、退却だぞ」
 原田の叫びで漸く己の所業に気付く。鍬次郎の強面に慄いた長州兵が反撃を行う前に、鍬次郎は後退った。原田と二人、重傷を負った今井を担ぎながら。
「死ぬんじゃねえ。淀の城はすぐそこだ」
 鍬次郎はうわ言のように繰り返した。
 だが、淀藩さえも反幕の態度を顕にした今、寄る辺もない幕軍の敗走兵と新選組は果てしなく心許無い存在であった。今井に鍬次郎の声が届いていたかどうかも判らない。
 六日、大坂城への退却を決めた幕府軍は、橋本、八幡間に防御の陣を張る。だが、防戦も空しく三方から攻撃され、各々累々と屍を積み上げるのみ。土方隊とともに橋本宿から下る船に乗った鍬次郎は、己の唯一頼みであった剣の時代の終焉を知った。
「ヤットウしか能のねえおれはどうすりゃいいんだ、よう今井」
 粗莚の上に横たわる今井に語りかける。だが、返事はなかった。胸元に耳を寄せたが、微かな動きも息も感じられなかった。

 その晩、八幡山の激闘から辛くも逃げ延びた斎藤一が八軒屋へ向かう船中、川に浮かぶ今井祐次郎の屍を見た。暗くてほんの一瞬の間であった。船の積載量を減らして急ぐ為、死者は水に投じられる。斎藤の胸中に、ふと鍬次郎の顔が浮かんだ。
 斎藤は、鍬次郎の無事を確信していたが、大坂城で改めてその顔を見たとき、まるで喪家の狗だという印象を受けた。
 敗退への苛立ちも、「人斬り鍬次郎」という気迫もない。只の浪人のようであった。
「刀の時代は終わっちまったんでしょうか、斎藤さん」
 呟く声さえも他人事のような口調。
「だとしても、おれ達にはこれしかなかろう」
 と、斎藤は刀の柄を叩く。
「斎藤さん、おれあね」
 鍬次郎はしんみりと言った。「はじめは今井が憎くてしょうがなかった。けれど、そのうち唯一の肉親だった兄を斬ったそいつが繋がりだと思えるようになったんですよ。今井は、おれへの罪滅ぼしに奔走もしてくれました」
 鍬次郎は夕焼けとも火事ともつかぬ赤い東の空を見遣る。既に大坂城には大樹公・慶喜の姿も松平容保・定敬兄弟の姿も無かった。
「何より、恨みを差っぴいても今までともに戦った同輩じゃないですか。そいつあ何だったんですかね?この戦は何の為ですかね?」
 すると、「馬鹿か」と後から原田の拳固が飛んできた。
「お前みてえな阿呆がいっちょまえのこと考えんじゃねえよ。阿呆は阿呆で刀だけ振り回しときゃいいんだよ」
「おれでも考えちゃいけないんですかァ」
「阿呆が考えることなんざろくでもねえ」
 と、原田が鍬次郎の背中をどやす。「江戸へけえって、もう一暴れしてやるのさ。なぁ、斎藤」と、原田はもう一方の手で斎藤の肩を叩く。
「おう。そうよ、しゃらくせえ。薩摩の芋侍や長州のかぼちゃ侍なんぞ蹴散らしてくれる」
 鍬次郎は拳を振り上げた。
「その調子よ、鍬の字。それでこそ『人斬りl鍬次郎』ってもんだぜ、なぁ斎藤」
 原田は呵々大笑する。斎藤は苦笑しつつ、「長州はかぼちゃ侍ではなくて、蜜柑侍じゃなかろうか」と思うが。空笑いだろうが、無理からの景気付けだろうが、鍬次郎だからこそ。一緒に笑ってやるしかなかった。
 九日、順動丸が江戸へ向けて出発した。男一匹鍬次郎、最後のあだ花咲かせやらん。江戸にあだ花咲かせやらん。

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