あとがき
 
 本作の主人公「人斬り鍬次郎」こと大石鍬次郎は、大河ドラマ『新選組!』では斎藤一よりも若い隊士として描かれていたが、通説では天保九年(1838)生まれで、永倉新八よりも一つ年上だったようだ。元治元年の江戸での隊士募集に応じて新選組に入隊、諸士取調役兼監察の職務に就いていた。今井祐次郎とのエピソードは子母沢寛著の『新選組物語』(中公文庫)の「人斬り鍬次郎」の項で書かれている。
 京都守護職屋敷事件では死に際の茨木司らに額を斬られたり、油小路事件で伊東甲子太郎に素槍で致命傷を与えたともされ、天満屋事件にも出動するという多くの出来事に顔を出した人物でもある。
 江戸帰還後、甲陽鎮撫隊から五兵衛新田での再屯集までは在隊していたが、脱走。維新後に薩摩軍の探索方をつとめていた元隊士の三井丑之助と接触したものの、捕縛されて刑部省に送られ、坂本龍馬殺害の嫌疑で取り調べを受けたのち、さらに伊東甲子太郎殺害の罪で明治三年十月十日、小塚原で処刑された。
 作者には鍬次郎が根っからのお調子者で乱暴だが憎めない性格の江戸っ子というイメージがあった。それで、やや講談調を帯びた文体で書かせて頂いた。五兵衛新田で突然脱走、というのも前々から自分の唯一の拠り所だった剣の世の中が終わったという喪失感を味わったからではないか、という気もした。それが、食いあぐねて仕事探しの為にかつての同朋とはいえ、薩摩軍にいる人間を頼ってしまうという間の抜けたところも何だか鍬次郎らしいと思った。
 しかし、本編で新選組の一員としてともに戦った大石鍬次郎、原田左之助、斎藤一、今井祐次郎の四人。鍬次郎は上述の通り脱走し、今井が先にあの世へ行き、原田は甲陽鎮撫隊ののち離脱して彰義隊に入ったともいわれ、斎藤は会津まで行ったが函館には行っていない。江戸に戻ってから、てんでちりぢりな人生になってしまうのも、数奇な運命だろう。
 作中、左之助は十番組組長としているが、実際七番組を受け持っていた時期であったことは読者の認識としてややこしいので人口に膾炙した十番組を使用したのでご了承いただきたい。


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