(二)

 鶏は隊士らに好評の存在で、非番の時暇な者はよく餌を撒いてやったり、水をやったりする。御蔭で鶏は丸々と太ってきた。羽の艶をよくするには貝殻を潰したものを与えるといいと聞いて餌に混ぜてやる、まめな隊士もいた。
「皆、日々殺伐としているので、何か生き物に施しでもして罪滅ぼしをしているつもりなのだろうか」
 斎藤は思った。
 だが、殆どの隊士には大人しくコッコッと近寄っていく鶏が、やはり坂口久太郎を見ると俄かに怒気を孕むのである。
 毛を逆立てて遠くからでも威嚇の態度を取ろうとする。さすがに毎度毎度突っつかれてはかなわないので、坂口は庭に顔を見せることがなくなってしまった。
「ひょろ久の奴、余程鶏に嫌われているらしいぜ」
「前世の因縁ちゃうのんか。その前はかしわ屋料理人で、さんざん鶏をくびり殺してきたとか」
 そういう噂も飛び交うので、坂口はますます鶏を遠ざけている。斎藤が柄にも無く気を利かせて「卵でも食え」というと、「あの鶏が生んだものは何となく薄気味悪くて」と言って断るのだった。
 誰に頼まれたわけでもないのだが、斎藤はその事が気に掛かった。
 そして、壬生の八木家へ遊びに行った折、権八の家に寄ってみた。
 権八は納屋で作業していた。
「お前から買った鶏、あれは此処の鶏か?」
 斎藤は時候の話もそこそこに、出し抜けに訊いてみた。
 権八は「いいえ」と首を小刻みに振った。
「ちょっとの頼まれ仕事で預かったんですけど」
 如何にも屈託の無い様に答える。
 何でも島原の或る置屋から預かったそうだ。芸妓の飼っていた鶏で、縁日のひよこから大きくした鶏らしい。金魚や虫を飼う芸妓は多いが、鶏を飼うというのも珍しいので仔細を訊ねてみたが、余り詳しい事は語られなかった。
 ひと月で二朱という結構な預かり賃を貰った権八は、それ以上訊ねることは出来なかったらしい。
 数日経って、また置屋から使いの者がやってきた。今度は、
「実はその鶏はもう要らなくなったので、適当に処分して欲しい」
 という。
 権八は怪訝に思いつつ承諾した。
 幸い権八のところは十羽ほど鶏を飼っていて、それらが日々卵を生むので時々島原の料亭などへ卸していた。その関係もあって置屋からも声が掛かったのである。いわば得意先であるので、黙ってそのまま鶏を引き取った。
 礼金はさらに幾許か貰ったが、
「うちのお店の名は口外せんといてや」
 とやんわり釘をさされたので、生憎それ以上は言えないと、権八は斎藤に頭を下げた。
「するとお前さん、おれに売った金じゃあ大した儲けでもなかったろう」
「それはもう構わへんのどす。いつも新選組の先生方には、よう買うて貰いましたさかいに」
 権八は頭を掻いた。満更、新選組も京の人間に嫌われっぱなしでもないのだ、と斎藤は少し安堵した。
「ところで、その鶏のことだがな」
 斎藤は、例の坂口に飛び掛っていったという出来事を権八に話して聞かせた。だが、権八は首を傾げるばかりだった。
「おかしな話ですなァ。うちに居った時は全く大人しゅしとりましたけど」
 権八の言葉に嘘はなさそうだった。
 斎藤はその足でぶらぶらと島原大門を潜った。茶屋へ入る前に、普段は見向きもしない置屋をほうぼう覗いて歩いた。
「おや斎藤先生、珍しゅおす。桔梗屋はんやのうてうっとこに御用だすか」
 と訊き返したのは、唐船屋の引手だった。
「まあな」
 斎藤は答える。
「日がな鰻を食ってると、飽きがくる。たまには泥鰌や鯉も食いたいのよ」
「きつうおまんな。相生太夫はんが鰻どしたら、うちの雁音はぐじ(甘鯛)といきまひょ。買うとくりゃす」
 引手も負けていない。
 「まァいずれ」と斎藤は笑って歩き出した。蛇の道はへび、というのでこういう事は同業に訊くに限る。斎藤はさっそく桔梗屋の相生太夫を座敷に上げた。
「まあ、えろうお久しぶりどす、斎藤先生。うちに何ぞ御用?」
 菖蒲を織り込んだ打掛を引き摺って、太夫が斎藤の脇に座った。
「相変わらず冷たい物言いだな。屯所が移ってちッとばかし、忙しかっただけじゃあないか」
「お西さんから島原へ通うやて、因果どすな」
 相生太夫は艶な笑みを浮かべた。
「お前さんは何か生き物でも飼っているのかい」
 斎藤は酒を飲みつつ訊いた。
「手遊びにどすか。さァ、前は文鳥を飼うとりましたけど、今は何んにも」
「文鳥か。鶏なんぞは飼わないのか」
 すると太夫は首を振った。
「禿(かむろ)が弘法さんやの縁日で、ひよこを貰うて来はるんどす。小ちゃいのは可愛いらしおすけど、五六羽おっても、鶏冠が生えるようになるまで大きなるんは一羽や二羽やねえ」
「ひよこはどうなる?」
「鶏んなったら何処ぞへ貰われていきますけど。何しか、島原に鶏の鳴き声は無粋どすやろ」
 相生太夫は意味ありげに微笑した。
「けど、そういうたらこないだまで唐船屋はんに番の鶏おりましたなァ」
 太夫の問い掛けに、禿二人は「あい」と頷いた。
「何処ぞに貰われて行ったんやろうねぇ」
 斎藤は太夫の声と三味線の音を聞きながら、ふと西本願寺の鶏はすっかり寝入っている頃だろう、と思った。

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