(十) 本伝寺
明治の世の中になった。万太郎は本伝寺の境内で、ぼんやりと日向ぼっこをしていた。
前年、子供を亡くし、その祥月命日に訪っていた。これで万太郎が亡くした子は三人目であった。境内でかくれんぼをしている子供等をうち眺めつつ、万太郎は頬杖をついた。
五月、土方歳三率いる函館新選組が五稜郭に立て篭もり、遂に土方は銃弾に倒れたと聞いていた。その前年、近藤は下総流山で新政府軍に捕縛され、板橋で処刑になった。土方の死を聞いた時、万太郎は新選組の終
(つい)えだと思った。
「兄上の仇は討てなかった」
信じ込んでいたが、三十郎を殺したのが土方であるかどうかは、遂に判らず仕舞いである。
万太郎は考えた。一度は漸く己らの力を発揮出来る場を見つけたと思い、命を懸ける気で新選組隊士として働いた。三十郎の事もあり、万太郎はいっとき土方と新選組を恨んだ。だが、他人を呪ったところで何も生み出されることはない。
その事は、佐幕側という立場を離れ、素浪人に戻ってみて漸く悟る事が出来た。誰彼となく、己が主張と思想を高邁なものと信じ込んで闘っている。争い事から生まれたものは、焼け野原と多くの屍であるというのに。
「兄上は可哀想なお人であった。有り得もない武士の本懐だのを信じて、お家復興などと。斯様なものは夢幻に過ぎん」
万太郎はふとやつれた頬を窄め、南の方角を眺めた。大坂城の天守閣が悠々と聳えていた。石山本願寺という体であった頃から、大坂の陣といい、この度の戦といい、この城は一度も勝利を得たことが無い。だのに泰然と動じない。
「そういえば、周平の消息が掴めん」
周平は結局、三十郎の死後、養子縁組を解消されたが、新選組には留まった。伏見の戦ののち江戸へ帰還し、その際万太郎に宛てた手紙のみが唯一最後の手掛かりとなっていた。隊を抜けたという事しか書いておらず、行方は知れなかった。内容を新政府軍に改められては困るという危惧でもあったのか。
皮肉な事だが、万太郎はその後、新選組にいたという経歴から鴻池や辰巳屋などの豪商の用心棒をつとめることが出来た。道場の経営だけでは立ち行かなくなったのである。万太郎の名声が堕ちたというのではない。刀の時代は終わりを告げようとしていた。上方の人間はそうした時代の移ろいに敏感であり、もともと町人の世界である。
「新選組。思えば、最後の剣客集団であったのかもしれない」
万太郎は、独りごちた。
明治十九年。この年、東京ではコレラが大流行し、死者一万人を超した。前年より発足した伊東博文内閣は、日本発の内閣であったが、その行政改革手段において、人員が多く削減された。その大半は旧幕藩時代の御家人や非薩長系の人員であったという。
六月三十日、万太郎は大坂・北桃谷町の自宅で没した。道場を手放して以後、細々と暮らしていたが、日々酒が欠かせぬ体になっていた。日々の生計に不安があったためか、おすえを実家に返し、自分はたみという愛人と暮らした。
肝臓を悪くして最近は酒も控えていたのだが、仕事に出向く途中眩暈がして昏倒、桃谷の家に担ぎ込まれたが、その晩のうちに呆気無く死んだ。卒中であった。殆ど家人の手を煩わせない末期は、万太郎らしいといえた。五十一歳になったばかりであった。
翌年のことである。久左衛門町の岩田医院を、一人の男が訪ねて来た。夜更けのことで患者はおらず、院長の弥彦が玄関に出た。
見ると、男は背の高い、ちょっと厳しい感じの風情で、四十半ば程に思われた。黒いインバネスを羽織り、まるで警官のようであったので、弥彦は少し驚いた。
「東京の藤田と申します。文硯先生のお宅は此方でしょうか」
弥彦は少し面食らった。初めて見る男だが、父親の患者だったか友人か。
「はあ。しかし、父は昨年死にました。今は倅の私が医院を継いどります」
「では、谷万太郎さんは?」
弥彦は首を振った。
「藤田さんは、義兄
(あに)を御存知の御方でしたか。ですが、義兄・万太郎も、父の死ぬ半年程前に他界しました」
万太郎さんが、と藤田は言い、喉を詰まらせた。
「遠い所からお出で下さって、立ち話も何ですからお入り下さい。今、お茶を淹れて参ります」
弥彦は藤田を応接室へ招じ入れると、自分は奥の住居へ入って行った。出てきた時は、小柄な中年女と一緒であった。女の姿を見て藤田は目を見張った。
「おすえさんではありませんか」
「まあ、斎藤様」
盆を危うく取り落としそうになって、おすえは慌てて藤田に歩み寄った。束髪豊かな頭がところどころ白いものの混じりかけた短髪になり、少し口許に皺が出来ていたが、斎藤一その人だと容易に知れた。
「今は、藤田五郎と名乗っています」
「相変わらず男前やなあ。もうあれから二十年近う経ちますのに。うちもおばあちゃんになって、恥ずかしいですわ」
と、おすえは笑った。
「いえ、おすえさんもお変わりなく。万太郎さんの事はお気の毒です」
藤田は立礼した。弥彦には漸く二人の関係が呑み込めてきた。そうと判ると、積もる話もあるだろうと、奥へ引っ込む。
「今はどちらに?」
「東京で警視庁の警官をやっております。結局はヤットウしか能がありませんのでな」
藤田は苦笑した。万太郎は二男二女を儲けたが、そのうち三人を亡くし、次男の弁太郎のみが生き残った。今年で十三歳になる。それも実はおすえとの間の子供ではない。
「弁太郎には医者になって貰おうか思うてます。世の中、もう武張ったことだけでは食うていかれへんようになりましたわね。斎藤はんほどの腕がおありやったら、と思うけど。新選組を離れてから、じきに道場もあかんようになって。ご一新が来て、うちらかつかつの生活でした」
藤田は伏目勝ちに聞いていた。万太郎が新選組を離隊する原因にかかわった身としては、聞き流せるものではない。おすえは恨み言でもいうつもりなのだろうか。
だが、おすえの口調は次第に和らいでいった。
「けど、万太郎はんにはええ夢見して貰いましてん。御直参の女房いうんもしんどかったけど、何やかや言うておもろかったわ。ぜんざい屋に討ち入ったり、いつどないなるやら見てる方はいつも冷や冷やしてましてんけどね」
おすえは、小さく声を立てて笑った。藤田は、おすえの変貌に少し驚いた。女は逞しくなるものだ。おすえが二十年前より、一回り程肥えていたからというのではない。万太郎を目の前にして真赤な顔で根深のぬたを差し出していた、あの初々しいおすえと同じ人なのかと。
藤田は翌日、兎我野町にある本伝寺へ出向いた。
墓地へ回ると、古ぼけた小さな墓石に万太郎の戒名が刻まれた碑が立っていた。その隣に三十郎の墓がある。
藤田は三十郎の墓前に膝まづくと、合掌した。そして、万太郎の墓前に座り直す。目を瞑り、黙然と掌を合わせて、誰言うとなく藤田は呟いた。
「済まんと言わねばならんのはおれの方だよ、万太郎さん。あんたを騙し続けていたのは、おれの方だ。祗園石段下で三十郎さんを斬ったのは――」
藤田は言い掛けて、口を噤んだ。墓参の人が此方に向かってやって来た。藤田は立ち上がると、軽く会釈して墓地を出ようとした。ふと振り返ると、墓参の男は谷兄弟の墓の前に立っていた。
藤田と目が合ったのは、ほんの僅かな時間であった。だがあの少し尖った顎、切れ長の目、何処か三十郎に似ている。いや、三十郎ではない。年恰好は死ぬ前の三十郎に近いだろう。あれから二十年以上経っている。
藤田を見詰めた男の双眸に淋しげな光が映り込み、消えた。お互い二度と会う事はあるまい。
本伝寺を出た藤田は、大坂城の向こうにうっすらと鴇色の雲が棚引いているのを見た。
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