(七) 石蔵屋

 将軍家茂が大坂城に入ってから俄に騒がしい。
 幕府は八月に長州征伐を決定し、部署を取り決めた。そのうえで将軍自ら征長の指揮をとって欲しいとの松平容保らの嘆願で、家茂が下坂したのは、九月を過ぎてからであった。
 十月二十二日から軍議が行われ、二十五日には第一次征長戦が開始された。年内に決着を付けたいところだが、十一月に入っても今後どう展開するかはまだ定かでなかった。
 そんな折、十一月も半ばを過ぎた頃、大坂問屋筋に在京の新選組幹部ら数名が出向き、献金の申し付けを行った。その金額十五万両である。
 あまりの大金に顔色を失った商人達を見て、新選組は一旦退いた。
 しかし、献金の話を反故にしたのではない。「今月中にいたせ」と一方的に告げたのみである。
 万太郎は町屋筋を歩く度に、新選組の悪評を耳にする事になった。
「会津様の御預をええことに、京だけでのうて大坂でもふんぞり返っとるわ」
 浅葱色の隊服を着ていない万太郎は、これらの雑言を直接聞く事が出来た。
 しかし、逐一本陣に報告するわけにもゆかなかった。京にしろ大坂にしろ、町衆というのは佐幕でも倒幕でもない。自分達の安寧が冒されることを恐れ憎んでいる。そうした民衆の安全を確保するのが治安部隊としての新選組であるというのに、本末転倒ではないか、と万太郎は思う。
 暮れも押し迫った頃、長州追討は一度は撤退した。藩世子・毛利広封(ひろあつ)の恭順謝罪を幕府が認めたのである。しかし、将軍家茂はまだ大坂城に逗留していた。
 京屋忠兵衛方を出て来た斎藤一とそぞろ歩きながら、万太郎は西の空を見た。
「まだ酒屋が開くには早いな」
 そして、行手の右を差した。「石蔵屋」というぜんざい屋がある。
「どうです甘味は」
 いや、と斎藤は手を振った。
「どうも甘いものは苦手でして」
「成る程、酒飲みの宿命ですかな」
 万太郎と斎藤は見交わして笑った。二人は何気無く石蔵屋の前を通り過ぎた。松屋町筋の松屋表町。この一つ東が裏町で、万太郎の道場があるのだった。
 その斎藤が京に帰った翌日、万太郎の元へ谷川辰吉が現れた。
「半年振りではないか、谷川君」
「京から美濃、尾張まで出て修行しながら奉公先を探しとったんですわ」
 谷川は言った。
「それが関のとある道場で私を使うてくれるという所がありまして、其方に厄介になろうかと思います。それで大坂でお世話になった皆様に一通り御挨拶をと思って参りました」
「それはよかった」
 万太郎は破顔した。谷川は三日前から大坂に逗留している。
「ところで先生。表町筋のぜんざい屋に入ったことはおありで?」
 先日、斎藤と通り過ぎたばかりである。石蔵屋というぜんざい屋は借家で、万太郎が道場を開いて以後に出来た新しい店である。
「実は一昨日店に入ってみたのです。亭主は仏頂面でおよそ町人とは思えぬ顔付の男でした。妻と母親らしき老婆がお運びをしておって、それは見たところ何の普通の甘味屋なのですが」
 と言い、谷川は顔を顰めた。
「奇妙なのは浪士風の男が三々五々、五、六人は入って来たでしょうな。なに浪人とてぜんざいくらい食うでしょう。しかしそれが一頻りぜんざいを掻っ込んだ後、二階に上がって行ったのですよ。私はてっきり二階に酒でも飲ませるところでもあるのだろうと思いまして」
 谷川は老婆に訊ねたそうである。すると、老婆は血相変えて「お二階はいっぱいどす。またにしとくんなはれ」と、勢い断った。谷川は黙って石蔵屋を出たが、勘定を払った時の亭主の目付きがいやに鋭かったという。
「先生、あそこはどうも怪しいですよ。ひょっとしたら尊攘激派の集会所でなかろうかと。浪士の一人の言葉遣いが聞こえたんですが、土佐者のようでした」
 谷川はその後、二度と大坂の地を踏んでいない。
 池田屋での功績以後、万太郎は目立った仕事をしていない。もし本当に尊攘派であれば手柄を立てる機会と言えた。
 しかし、万太郎が谷川の助言を得て動き出したのは、功を成そうという腹からではなかった。将軍在坂中に何か大事でも起こり、それを看過するようなことがあれば、新選組の失態となって会津藩にも迷惑が掛かるであろう。
 万太郎自身が探索を入れるわけには行かなかった。松屋町筋では面が割れている。当然、道場のことは石蔵屋にも知れているであろうし、谷兄弟が新選組に属していることも周知の事実である。
 門弟を使い、聞き込みに回らせた。すると、
「なにやら土佐言葉を使うお武家はんが、四、五人ぜんざい屋の二階にいつも居てます」
 或いは、表町の住人の証言によると、
「石蔵屋の亭主は伊予の浪人ちゅう触れ込みで、近所付き合いは殆どおへん。まあ借家人やさかい、しゃあないけどな」
 借家人というのは、大坂の町においていわゆる町政に参加出来る町人以下の身分である。家屋敷を持たない者であるゆえに発言権がなく、付き合いが少なくても不自然ではない。そういった借家住まいも、攘夷浪士の隠れ蓑になっていた。
 どうやら石蔵屋が土佐浪士達の根城になっているということは判った。しかし、万太郎は首を捻った。踏込む口実がないのである。暫し、休す。
 正月になった。三日の晩、舅の文硯が万太郎道場に訪ねてきた。おすえがややを孕んだというので、滋養に良いものをと文硯自ら卵を持参してきたのである。
 万太郎は文硯と久方ぶりに酒を酌み交わした。が、俄に夜更けに訪問者があった。
「すんまへんの、先生」
 花火屋の主人であった。見れば、脂汗を滴らせた浪人を担いでいる。
「うちへ帰ろう思うて歩いとったら、そこの辻でこのお武家はんが倒れとったさかいに。先生が道場に来てはるいうの聞いとりまして」
 平野屋という花火屋の親爺は、三和土に男を下ろした。文硯は手早く男の胸を肌蹴て、帯を解いた。右脇腹を触診すると、男は苦悶の声を上げた。
「癪かのう。寸白(すばく)かもしれん」
 寸白というのは寄生虫である。平生は宿主の養分を吸い取っているだけであるが、時々盲腸などへ誤り入り込んで悪さをする。薬はとりあえずのものしかなく、千振を煎じたものを飲ませておいた。
 漸く落ち着いた浪人を平野屋と文硯が送って行ったのは、それから一刻程してからであった。戻ってきた文硯が、奇妙な顔付きで万太郎に言った。
「あの浪人、ぜんざい屋におる。みょうやった。わしらが入って行ったら、四、五人おった目付きのようない浪人どもがさっと顔色変えよった」
 そう言って、文硯は一両の載った手の平を万太郎に見せた。
「入り際に聞いたんやけどな。お城がどうのやの征長やの、公方様をどないするやの言うとったで」
「義父上、それはお手柄であります」
 万太郎は膝を打って立ち上がった。浪人が石蔵屋に居る者であったのが、幸いした。浪士らが企てようとしているのは、恐らく大坂城に滞在している将軍の暗殺ではなかろうか。そうでなければ、密談する理由がない。
 
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