番外編競作 その花の名前は 参加作品

.

 DIO・FIRE!番外編

.

オーヴァーナイト・センセーション

ミツルギ サヤト

. . . .

 

 弔いの鐘が響き渡る中、黒い一団が緑の枯れた墓地の外れに集合していた。雲さえ一つない青空だったが、風は滔滔と強く渡り、女達の黒いヴェールを舞い上がらせる。
 神父は極めて簡単に祈祷の言葉を捧げ、埋葬を終えると人々は肩を抱き合いながらその場を離れた。啜り泣きのみが風に掻き消える。そうして墓標の前に一人の少女が残っていた。
「さよなら、アンソニカ」
 少女は一輪のバラを地面に置いた。濃いピンク色の多い花弁のエッジが、紫がかっている。送葬の場に似つかわしくない華麗な花だ。
 少女が腕を上げた時、私は歩み寄って、同じく十字を胸の上で切った。
「通行人よ。これも何かの縁と思って」
 驚いて見上げた少女に向かって、私は独りごちるように応えた。
「なんだ、女の人だったんだ」
 少女が吃驚したのは、私を男と思っていたからか。確かに遠目には、そう見えるかも知れない。踵のある靴を履いた私は6フィート(約180cm)ある。そして目深に黒いテンガロンハットを被り、重々しい軍用コートを羽織っていた。
「笑うとすごくキレイだね、お姉さん」
 少女はその見かけに拠らず世慣れた物言いをした。まるで場末の酒場女のようだ。
「アンソニカってアナタの姉妹?」
「違うよ。…うーん、と。仕事仲間みたいなもん」
 十を過ぎたばかり程の少女でも、働いているのが普通の世の中だ。少女の悲しみは、瑣末の感情とも言えないだろうが、何時までも抱えるほどのものではなさそうだった。
「お姉さん、ここらの人じゃないね。この町には何しに来たの?」
「私も仕事よ。人を探しているの。この男よ」
 私は、コートの内ポケットから古びた一葉の写真を取り出した。モバイルに落とされたデータを印刷した手配写真で、非常に画像が悪い。だが、男の特徴的な鷲鼻や尖った顎は現れている。センスを疑いそうな派手なピンク色のシャツも目立つ。
 少女は暫く見詰めてから、背伸びして私にそれを返してくれた。
「ところでお姉さんさァ。今夜、この町に泊まるの?」
 そうだと肯定すると、少女はぱっと明るく茶色い目を耀かせた。
「そう。じゃ、うちに来てよ、ねぇ」
 少女は馴れ馴れしく私の手を取り、飛び跳ねながら提案した。墓地で、いまだかつてこんなにはしゃぐ子供を見たことがない。
「お姉さんなんて言うの?」
「ミスティと呼んでくれればいいわ。ミスティ・サファイア」
「名前も超カッコイイね」
 だが、提案を跳ね除ける必要も無い。どのみち当て所無かったのだから。

 少女の案内するに従って街中を進んだが、果たして其処は歓楽街のど真ん中だった。所謂、飲食街の一本裏筋にあたる、あまり高級そうでない街娼や同伴酒場のある場所だ。少女の手に引かれた私は、まるで子供のポン引きに捕まった田舎の青年のようで、黒づくめもこんな処では却って目立つばかりだった。
 芬々馥郁たる香水と白粉を塗った女達が、我もと裾を引き、肩に手を掛けるが、私が振り返ると、その声は落胆の溜息に早変わりだ。舌打ちさえ聞こえる。
「こっちだよ」
 少女はついに、私をどっピンクの立看板のある風俗店に押し込んだ。
「アラ、開店はまだまだだよ」
 ややハスキーな中年女の声が顔面にきつく当たった。少女は首を横に大きく振った。
「何だい、フィーネ。お客じゃないのかい」
「このお姉さん、うちで働きたいって」
「え?」
 私はフィーネを横目で睨め付けたが、少女は既に受付カウンターの後に隠れてしまったようだ。エヘヘ、と笑って半分顔を覗かせていた。
「うちでねぇ」と、中年女は私を値踏みし始めた。勝手にテンガロンハットを奪い、やや煙草臭い息を吹き掛けながら。近くで見ると肌荒れがして、四十台半ばあるいは五十がらみと思われた。昔は小奇麗な女だったかも知れないが。
「ふうん。でかいねぇ、でもお面は悪くないよ。気品があって、けど男好きする感じでさ。ちょいとゴメンよ」
 女はそういうと、衣服ごとむんずと私の豊満な胸を掴んだ。
「こりゃ本物の巨乳だわ。シリコンとかじゃない。悪かったねぇ、あんまり背が高いんで確かめさせて貰ったんだよ」
 ずけずけと言ってくれる。私はあまりに強く鷲掴みにされて、ズキンズキンする両乳房を抱いた。
「もう一箇所は確かめなくてよくって?」
 腹立ち半分で苦笑が湧いてきた。
「アラ、脱いでくれるんだ」
「もういいよって。冗談だよォ、オルタぁ。このお姉さんは人探ししてんの」
 フィーネが飛び出して来た。別に脱いだって良かったんだけど。写真を差し出すと、オルタは大儀そうに煙草を一服やりながら片眉を上げたり下げたりしつつ暫く眺め、裏返しにして私に差し戻した。
「さぁね。あたしら一見さんもいっぱい相手にしてるんでねぇ。いちいち覚えてらんないねぇ。その男、アンタの情夫(いろ)かい?」
 とんでもない、と私は肩を竦めた。
「この男、ファレリオ・アスコラーニというんだけど。ある修道女を誑かして公金を使い込んだのよ。で、本人は金を持ったまま行方知れず。かれこれ一年余り経つと聞いてるわ」
「教会の金かい。けど、一年もわかんなかったてのはマヌケな話だねぇ」
「修道女が頑なに口を噤んでいてね。知られると二重の意味でマズイもの。修道女の貞節を破ったばかりか、公金まで使い込んでしまって、教会はボロボロだしミサも出来やしない。追い詰められたシスターが死ぬことも出来ずに、漸く泣く泣く訴えてのことよ」
 私は勧められた椅子に座った。オルタはどうやら話の内容に興味を持ったらしかった。何だか目の色まで違う。
「てことは、アンタはゼーム署かケーサツ関係かい?」
「いえ。単なる調査官よ。男の弁護人でもない。見付けて逮捕するかどうかは私の仕事じゃない。でも、捜査に協力してくれるというのなら謝礼の一つくらいは考える。どのみち、私だって危ない橋を渡る連中の一人だし」
 オルタはそう言われて安心したようだった。大概の人間は、私がヴァティカン(カトリック聖庁)関係者だと知ると、一歩退く。何しろ、この地上の大半を支配するカトリックの総本山に逆らう事は出来ないからだ。それほど救いの宗教であるが故に苛政を布いているとは思わないのだが、これは内部にいる人間特有の生ぬるい感覚なのだろうか。
「まぁそうよね。アンタだって女よねぇ」と、オルタは意味深な発言をして笑った。
「けどさ。ファレリオって男の持ち出した金はまだあんのかい?」
「とっくに使い込んでるかも知れないわ。250万ダッシュ(1ダッシュ=約5円)ほどだっていうけれど」
「に、250万」
 オルタは目を飛び出さんばかりに驚いた。
「アンタ、それを使い切るのはムリだよう。一年以上こういう店に注ぎ込んだって、十分の一も使えないよ。豪邸おっ建てるわけにもいかないしね。アンタって金銭感覚ないんだねぇ」
 オルタは呆れ顔で私を見遣った。己の優越を見出す事に関して、トウが立った女は熱心だ。目の前にいる女が若くてそれなりに教養があって、美しいなら尚更。私にとっては金の使い方なんてどうでもいい。紙幣を敷き詰めたベッドに一人寝したってつまらない。男の温もりがないベッドは、まるで石牢のようだ。
 そんな感慨を巡らす私に向かって、オルタはいやに愛想のよい顔つきに変わって提案した。
「ねぇ、アンタ。良かったら暫くここにいなよ。働けとは言わないからさぁ。けど、その服は物々しいから着替えておくれ。アンタに似合いそうなのを店の子達からせしめておくからさ」
 フィーネが、ホラね、というしたり顔で此方を見ていた。

 オルタに言われて上階へあがった時だった。フロアの方から、ひどく騒々しい音が湧き上がった。ピンクな建物には不似合いな男どもの濁声だ。
 階段の手摺から覗き込むと、一人、二人…五人の男がオルタとフィーネを囲んで何やら揉めている様子だった。
「葬儀が終わったって?遺品はどうしたよ、ババァ」
「ババァですって、失礼な!アンタ達に答える義務なんか無いよ」
 オルタは一オクターブ上がった声で怒鳴り返した。
「あんだとぉ」
 若い男がオルタの胸倉を掴んだ。
「やめておくれよ、乱暴は。あの子に遺品なんてあるわけないよ。着のみ着のままでここへ飛び込んで来たんだ。ったく、こっちが保険金でも頂戴したいくらいだよ。アンタ達みたいなヤクザもんに入ってこられるわ。あの子が死んでくれてせいせいしてるくらいだよ。遺品なんて何もないよ!」
「ウソこけババァ」
 男は禁句を連発する。女性には言ってはならないのに。
「じゃあ、アンソニカが着てた服や指輪だのはどうしたよ?」
「アレはみぃーんなアタシが貸してやった物よ。文句ある?」
 オルタの剣幕に負けて、若い男は手を離した。あながちオルタが嘘を吐いているとは私には思えない。
「アホか」と、若者をどついたのは、無精髭を生やしたやや細面の野性味帯びた男だった。三十半ばくらいだろうか。男はどすの効いた声で、オルタを恫喝した。
「いいか、オバハン。オレ達はあの女に随分と金を貸してんだよ。100万ほどな。本人が死んだからって、貸し倒れつーのは問屋が卸さねえ。オレ達が汗水垂らして稼いだ100万は、保護者のアンタにキッチリ返して貰うよ」
「な、何が汗水よ。アコギな事して儲けたアブク銭が」
 パアンと勢い良く音が鳴った。私はその瞬間、手摺から飛び降りた。吃驚顔の男達の前に降り立つと、無精髭男の右頬をぐうで殴った。
「女に手を上げるなんてサイテーね」
 私の思い掛けないパンチにやられた男は二、三歩後退り、そして目をパチクリさせながら頬を拭った。
「何だよ、お前はよぉ」
 と、若い男が挑み掛かろうとするのを、これも私は冷ややかに対応した。右膝を折って突き出すと、男の股間の柔らかい感触が一瞬伝わった。若い男は急激な腹痛を催したような蒼褪めた様相で飛び跳ねた。
「よせよせよせ」
 殴られた男が苦笑いしつつ、子分達を制した。
「手強い用心棒をお雇いのようだな」と、男はオルタに目配せした。「しかもスゴイ美女ときた」
 フン、とオルタは鼻の穴を膨らませた。左の頬は押さえたままだった。
「イイねぇ、その怒った顔。いいパンチだ」
 無精髭の男はやに下がった顔で茶化す。
「帰りな」
 私は顎で男達を扉の向こうへ追い遣る仕草をした。
「とっとと帰らないと、今度は大事なモノまで吹っ飛ぶよ」
 左手を腰のホルスターに掛ける。無精髭の男は、瞬間的にぎょっとなったが、それでも値踏みするようなおどけた目付きで、私の手元を確認すると、無言で男達に顎をしゃくった。
「今日のところはカッコイイ彼女に敬意を表して帰るとするか。けど、オレ達は100万返して貰うまでは諦めねえよ」
 男は笑って言ったが、その目は微かな怒りに覆われているように見えた。扉が閉まると、オルタはへなへなと床に座り込んだ。
「はぁー。おっかなかった。アンタ、ありがとねぇ」
 オルタは座ったままにじり寄って、私の手に縋った。
「アンタって女神さまみたいだねぇ。もうこのままいつまでも居付いてくれたっていいよォ」
 調子のいいオバハンだ。
「オルタ、その左頬」と、私が指差すとオルタはアハハと笑って立ち上がった。ぶたれたどころら両頬はつやつやしている。
「芝居よォ。芝居に決まってるわよォ。ドンニッチの野郎になんかぶたれて堪るもんかってのよ」
 益々調子のいいオバハンめ。私は長い嘆息を一つ吐いて、階上へ向かった。背後でオルタがフィーネに塩撒いといで、という声が聞こえた。

 店が開くのは午後七時からだ。早い夕食を終えた客がやって来る。雇われコールガール達は、この店には住まずに、通って来る。
 この街にはこういう形式の店が多い。というよりも、近年の風紀法では風俗営業店と従業員の住居は別個にするように推奨されている。これもヴァティカンの政策なのだ。表向き売笑を奨励するワケにはいかないが、人間の生理を抑圧するワケにもいかない。不法に就労させて稼ぎ、脱税する商売人を防ぐという意味なのだが、何処まで守られているかは甚だ疑問だ。
 店のフロアが賑わい始めた。半地下は詰所だが、階上はコールガール達の仕事場であるので、私はそそくさと下りて外の空気を吸う事にした。
 ものの数分も歩くと、昼間現れたあの男達がバール(酒場)に入って行くのを見かけた。どうやらここら一帯はヤツらのシマであるらしい。
 何気なく偶然を装って店内に入る。薄暗くカルトな雰囲気の飲み屋カウンターの左奥にドンニッチはいた。腰巾着どもは階上へ上がったらしい。二階は賭けカードゲームをやっている。
「カルヴァドス・ビュネルは置いていて?」
 私は滑るようにしてカウンター席に座ると、バルマン(バーテンダー)に訊いた。無口で男前のバルマンは、歯を見せずに微笑して頷いた。
「高級な酒がお好みのようだな」
 ドンニッチは自分のグラスを揺らしながら、揶揄めいて笑った。
「酒場の灯りに映えるタイプだな」と、ドンニッチは私のなりを一瞥して言った。
 目立たないように選んだ地味な色彩のミニドレスは殆ど黒に近いブルーだったが、店の女の借り物なので大柄な私には少々きつかった。胸の双丘はきゅうきゅうに押し上げられて、スカート丈が太腿の半ばにもならない。私は、わざと大胆にフレアーになった裾をひらめかせて脚を組んだ。
 だが、ドンニッチは昼間の様相と違って無関心だ。
 カルヴァドス・ビュネルが小振りのワイングラスに入れられて、目の前に来た。
「そんな酒、男におごって下さいと言わんばかりだ」
「一人で飲むには華やか過ぎるかもね。でも生憎、懐具合の心配をしないで済むような男としか飲まないわ」
 ドンニッチは頷いた。よく見るとニヤけた感じはするが、男前の部類だ。何より佇まいや独特のニオイが女を惹き付けるかも知れない。
「あんたのような女に誘われたら、大概の男は無いものもあるって言いそうだ。しかし相当イケる口なんだな。酒も男も?」
 さぁね、と私は曖昧に応えた。一人前の大人の男に、手の内を見せる必要は無い。
「話は変わるけど。アンソニカって娘はどういう死に方をしたの?」
「さて。オレも詳しい事は知らないね。『腹下死』っていうのか、ああいうのは?」
 ドンニッチはバルマンに話を振ったが、バルマンは無言で苦笑いを浮かべただけだった。
「つまり殉職ってワケね。ナニの最中に死ぬなんて、余程か仕事熱心だったんだ」
 私は皮肉混じりに言った。女が性行為の最中に死ぬなんて、数万分の一の確率。例えばアンソニカが生来、心臓が弱かったとか虚血状態にあって全臓器にショックを引き起こしたとか、考えられなくもないが。
「どうだか。オレはあの女が客を取ってるのを見たこともねえ。どう考えても、誰かに入れあげて金が必要だとも思えなかったしな」
 ドンニッチは、不審顔で言った。
「アナタは借金を取り返さないといけないんでしょ。その割には熱心じゃないなのね」
「死に様なんて、どうだっていい。オレの仕事は金を取り返すだけだ」
 何だか、ハードボイルドを気取っているみたいだ。
「あんた、オレと寝たいのか?」と、ドンニッチはストレートな質問をしてきた。「アナタ次第ね」と切り返すしかないのだが。
「オレから何を聞き出したいんだ、お嬢さん」
 ドンニッチはそう言い、パサパサした金茶色の髪を手櫛で梳いた。
「しかし、情報の為に不特定多数の男と寝るのはよしな」
「察しがいい男って好きよ。だけど、後半の台詞は却下するわ。意外に身持ちが固いのね」
「オレは女とは寝ないのさ」
 何だ、そっちの趣味なのか。私は頬杖をついた。悪くない男なんだけど。
「男とも誰とも寝ないよ。でないと、この街じゃあやっていけねえ。――で、あんたの訊きたい事ってのは?」
 ドンニッチはウォッカと思しき無色透明の液体を飲み干した。直ぐにバルマンから二杯目が届く。
「ファレリオ・アスコラーニという男を知らない?偽名を使っているかも変装しているかも知れないけど」
 私の差し出した写真を凝視したドンニッチは、やがて細い溜息を吐いて目を瞬いた。オルタやフィーネに見せた時とは、反応が違う。
「…さぁ、こんな男は知らねえな」
 ドンニッチは微笑を浮かべつつ、首を竦めて見せた。仕方なく私は漸くグラスを手に取り、黄金色の液体を味わった。濃密な甘さとアロマが鼻腔を満たす。忘却という言葉とは縁の無い、途轍もなく余韻の長い恋の夜を思い浮かべる香り。何故か胸が苦しい。
「あんたシロートじゃないな。あの立ち回りといい。パウダーガン(火薬銃)は本物か?」
 今度は男が質問する番だった。
「こんないい女が一人、旅をするにはいろいろ事情があってね。それよりも、手掛かり無しなら素直に帰るわ」
 と、私はクォーターコインを置いて、スツールを下りた。ドンニッチが、不意に私の手を掴んだ。
「待ちなよ」
「その気はないわよ。元・男でもないしね」
「『こんな男は知らない』と言ったんだ。よく他人の話を聞けよ、お嬢さん」
 ドンニッチは、軽快な笑みを浮かべた。その時の私には、まだその笑顔の意味が判りかねた。

 今が稼ぎ時とばかりに、女達の嬌声が聞こえる。艶めいた時間帯を、私とエリチェオ・ドンニッチは無粋に分け入った。店の半地下にあるロッカールームの前に立つと、そっと扉を押してみた。暗闇に限りなく近いその部屋は、案の定鍵が掛かっていなかった。
 気配をひそめて、そっと扉の隙間から侵入する。
 物音が聞こえる。手探りで壁のスウィッチを押すと、「ひっ」という息を呑む声がした。同時に衣装箱が雪崩を起こしたようだった。
 化粧ッ気のないオルタの顔はほぼ実年齢を現していた。まるで幽霊のように薄闇に浮かび上がる。
「ど、どうしたのよアンタ達」
 何かを隠すようにオルタは慌てふためいて、後ろ手を組んだ。
「アンソニカの持ち物なの?それって」
 私はオルタの手にしている男物のシャツを顎で示した。
「これは、死んだ亭主のものよ」
「ご主人の遺品をこんなトコに置いとくんだ。ふうん」と、私は弾むように言った。
「何さアンタ達。アンタ達こそ勝手に入って来て、家捜しでもしててんじゃないのっ?」
 オルタの動揺振りは、まるで絵に描いたようだったが、私は同情しなかった。
「あ」と、私は小さく叫んだ。
「それ、その服。この写真と同じ物ね」
 私は素早くオルタに詰め寄ると、ファレリオの写真を取り出して見せた。オルタの掴んでいるシャツと同じ色彩のシャツを着た男。
「偶然だわ、偶然ねっ。よくあるシャツじゃないの」
 オルタの額に脂汗が滲み出していた。私はその額を見下ろしながら、擦り寄るように中年女の顔を見詰めた。
「で。見付かったの?250万ダッシュは」
「ないのよ、それが!…っとと、何言わせるのよ、アンタ。あ?」
 エリチェオ・ドンニッチの含み笑いがクスクスと漏れた。意外に笑い声は高い。
「これを御覧なさい」
 私は自分の右掌を開いた。黄金に輝く跳ね馬のバッヂがある。
 それを、まるで化け物でも出たみたいに茫然と見詰めるオルタの顔があった。
「こここ、これって。アンタもしかしてあの…」
 まどろっこしいので先に答えを言ってあげる。私は鈍臭いの嫌いだから。
「特務巡検使のバッヂ。即ち、私がコレの持ち主ってことよ。正直に話せば悪いようにはしないわぁ」
 私はバッヂを摘んだ右手で、オルタの首筋を撫で上げた。特務巡検使ってのは、早い話がヴァティカンの隠密ってことで、各地を巡回して法に悖る行為を検挙したりする職務だ。オルタの反応を見れば、如何にこの職務に従事する者が恐れられているかは瞭然としている。でも、私なんて至って穏便にやってるのにね。え?違うって。
「何もやってないわ!アタシは何にもやってないって」
 オルタはブルブルと首を震わせて、何かを否定した。
「アンソニカを殺して、金品を奪おうなんて思っちゃいないよ!お願いだから赦してぇ」
「アンソニカ?」
 私はドンニッチの方を見た。ドンニッチは鳶色の瞳を瞬いて、静かに頷いた。

 オルタの告白から、アンソニカとファレリオ・アスコラーニが同一人物だと知った私は、愕然となった。男が女として売笑していた事にではない。その後のオルタの証言からだ。
「アタシは殺すつもりなんて無かったのよォ。ちょっと若い男だったんで、ついつい張り切っちゃったのよォ」
 涙ながらに離すオルタは、さながら恋人を亡くした女のようだった。
 ファレリオは、逃亡の果てにこの街に辿り着き、オルタの店に匿われた。女だらけの街中で余所者の男を隠すには、女装させるのがいちばんだという訳だ。ファレリオは巧く化けたらしい。
 だが、中身は男である以上、店に出してみるものの商品としては使えない。日銭を稼げないファレリオ、いやアンソニカは恐らく潜伏生活の気晴らしをする為に、うっかりドンニッチの闇金融から金を借りてしまったのだろう。
 ファレリオの死因は噂通りだ。但し『腹下死』ではなく、『腹上死』だが。
「あの人がお酒を飲んでいい気分だったトコロを、ねっ?イキオイなのよ。アタシだってまだまだ女も枯れてないし、アイツもすんごく乗り気だったのよ。ああ、もう何年ぶりかしらぁ、あんなに良かったの。亭主亡くしてからよ。若い男っていいわねぇ、なんて思ってたら、アラ…急に『うっ』とか言って倒れ込んできたのよ。そいで、冷たくなっちゃってどうしようもないから、フィーネと一緒に服を着せて…」
 とても暢気な事情聴収だもんで、私は欠伸を噛み殺して涙が出そうだった。
「そう。で、私の話を聞いてから思いついて探してたってワケね、250万がどっかに眠ってないか」
 ウンウン、とオルタは音でも出そうに激しく首を縦に振った。
「…バカらしい。考えてみりゃ判るでしょ?ドンニッチに借金してるってことは、つまり金なんて無いに決まってるじゃない」
 私の結論に対して、オルタはまるで憑き物が取れたみたいに目を丸くした。
 頭が痛い。
 恐らく軽い急性アルコール中毒の上の激しい運動で、ファレリオは艶めいた死を遂げたのだろうが、生きていようがいずれにしてもスッキリしない事件であることには変わりない。
「冴えない顔だな。べっぴんが台無しだぜ」
 私は驚いて振り返った。墓地の彼方からやって来たのは、エリチェオ・ドンニッチだった。
「250万の行方が気になるのよ」
「そいつは多分見付からないと思う」
 ドンニッチは、無精髭の生えた顎を撫でた。
「断定するのね」と、私は声色を鋭くして言った。
「一年前にここの教会に寄付があったんだ。250万ダッシュの」
 私は、ドンニッチの横顔を見た。
「この街はファレリオの生まれた街なんだよ」
「何で知ってるの」
 詰問に対して、ドンニッチはやや困惑したように自分の首筋に手を遣り、何度も擦った。困った時の癖らしい。
「ファレリオは、オレの元・ボーイフレンドだったんでね」
 驚く事ではない。それよりも、少々ムカつくじゃない。何で最初っからそう言ってくれなかったのか。
「言い出しにくかったんでね、あんたには」と、ドンニッチは照れたように白い歯を見せた。
「でも、アンソニカに化けたファレリオを見て直ぐに判ったんでしょ?」
 ああ、とドンニッチは肯定した。
「オレだって言えるワケないよ。ファレリオの知ってるオレは、昔のオレ。オレは昔、女だったんだよ」
 私は思わず絶句した。騙されたのだ。何処からどう見ても見事な男のエリチェオ・ドンニッチにだ。性転換したかどうかなんて、見た目じゃ判らない。女であることを捨てたとはいえ、ドンニッチはやはり女の厳しい目で女を見ていたのだ。だからアンソニカの女装に気付いたのだ。
 奇妙に可笑しかった。だって、笑うしかないじゃない。
 ドンニッチは、後ろ手から一輪のバラを差し出すと、墓標に置いた。強い芳香が放たれた。
「ファレリオが好きだったピンクのバラ。気障だったんだよな、昔っから」
 フィーネが捧げたあのバラと同じだった。残念ながら、私は花の名前には詳しくない。
「その花の名前は?」
「オーヴァーナイト・センセーション。一夜の旋風、大騒ぎ」
 ドンニッチは、柔らかい視線で私を見詰めた。朝の日差しがゆっくりと私の影をドンニッチの影に重ねようとしていた。

FIN


Copyright (C) 2003 Sayato Mitsurugi. All rights reserved.

短編

  オーヴァーナイト・センセーション

 ミツルギ サヤト

番外編紹介:

女巡検使ミスティ・サファイアは、ある男を追っていた。墓地で出会った少女フィーネに連れられて向かったその街には、果たして――。
近未来SF風ガンアクション世界の番外編。

 

注意事項:

年齢制限なし

(本編連載中)

(暴力表現あり)

◇ ◇ ◇

本編:

DIO・FIRE!(ディオ・ファイア)

サイト名:

電脳都市BAKERATTA

[ 戻る ]