(一) 

 光縁寺の裏で二人の男の斬殺体が見付かったのは、蝉時雨の季節であった。
 じりじりと無く油蝉が京の茹だるような暑さを助長する。
 一面の血の海の中、男等の頭はぱくりと割られ、露出した脳が異臭を放っていた。その上に何故か油蝉が一匹止まっていた。
 折りしも、光縁寺を訪ね、住職と語らっていた山南敬助が検視現場に立ち会った。
「どうやら尊攘激派の間者のようですね」
 と、山南はおよそ常人が見て気持ちのよいとは思えない光景を見ながら言った。
 斬り方は、右斜め下からの逆袈裟であった。見事な力のある太刀筋である。
 死人の服装は行商人の如く脚袢を着けていた。脇に薬箱が倒されていた。奈良大和の生薬屋を装っているが、その実十津川郷士ではなかろうか。
 そうこうしているうちに新選組の若い者が奉行所に報せたか、同心らが駆け付けた。いきおい野次馬も集まってくるわけで、山南はそろそろ屯所へ引き揚げようかと踵を返したところ、
「そいつァおれが斬った」
 人だかりの後ろから現れたのは、副長助勤の斎藤一だった。斎藤は、ぼりぼりと耳の穴を掻きながら、やや不機嫌そうな顔付きで山南の前に進み出た。
「この男は、土佐勤皇党と気脈を通じていた十津川の密偵でした。祇園新地あたりで連中のつなぎをやっていたんだそうで。山崎さんがそう言ってました」
 監察方の山崎烝の言うことなら、まず間違いはないだろう。
「斎藤君、それがどうして壬生まで」
「あんたを尾行してきたのさ、山南さん」
 言われて山南はぎょっとした。
「覚えはあるだろう」
 斎藤はにやりと不敵に笑った。
 確かに今朝、陽が高くなって暑くなる前に寺町界隈に出掛けた。書肆に行くためである。
 貸本屋は京市中を巡回しているが、壬生村まで来る事は滅多とない。
 京の商人からは「みぶろが本なんか読むわけあらへん」と思われている。事実、大半の隊士はその通りである。
 しかし、山南や局長の近藤、土方ら幹部は手の空いた時に読書に勤しんだ。
「うっかりしていたな。梁啓超の『西学書目表』が入ったので、つい浮き浮きとしてしまった」
 斎藤には何のことか判らなかったが、山南が入手したのは清国の学者の書いた漢訳の西洋学書の著録である。
「兎に角、気を付けて下さいよ」
 斎藤は依然として行儀悪く耳の穴を穿りながら、言った。
 さて数日が過ぎた。
 御用繁多、とりわけ昨年の政変で失速した勤皇激派らがまたしても京洛に舞い戻って来ているという噂が飛び交い、新選組の内外も矢庭に遽しくなった。屯所内で山南と斎藤が顔を合わせることは、少なくなった。
 が、ある時たまたまばったりと廊下で出くわした。
「斎藤君は非番ですか」
「山南さんもですか」
 斎藤はまだ、耳の穴に指を入れて動かしていた。
「碁でも打ちますか」
「暢気ですね。まあ、いいでしょう」
 二人は奥の間へ行き、碁盤を挟んで座った。だが、三手ばかり進んだところで、斎藤はまた耳を掻き毟るようにして悩んだ。
「どうかしたのですか。耳に出来物でも?」
 見ると、掻き破った耳穴は両方とも血塗れであった。
「いや、どうにも気持ち悪くていけません。あの密偵を斬った時からなんですが」
 山南は軟膏を取ってきて、斎藤に手渡してやった。
「耳の中がじりじりして、こう――蝉が出入りしているような感じがするもので」
「耳垢が溜まってるのではないですか」
「山南さん。おれはそんなに不潔でありませんよ。月に一度は取っています」
 その回数が多いほうなのか少ないほうなのか、山南には判らなかったが、斎藤は憤慨していた。
 「念の為に」と山南が耳の奥を覗こうとすると、嫌ですと言って斎藤は両の耳を押さえた。
 それにしても何やら頭の中までじんじんと蝉の声が鳴っているような気がする、と言う。
「あの時、密偵の頭の上に熊蝉が止まっていたでしょう」
「いたようだ」
「その前にもう一匹いたのですがね。何処かへ行っちまいました。ひょっとして、この耳から入り込んだんじゃあ」
「有り得ないよ」
 小蝿などの虫なら兎も角、親指よりも大きい熊蝉が耳から入るなど、不可能である。
「妙な密偵でした。早九字など切って、此方に呪術でもかけようとするのかと」
 密教の修行僧が切る九字のことか。
「斎藤君らしくもない。呪術を使う密偵など、講談や芝居じゃあるまいし」
 山南は笑った。

 (二)へ
 

小説目次へ
「とにかく殺す!」目次へ
本館TOPへ