(二)
さて、広場にて講義の段となる。坂内は目をしょぼしょぼさせつつ、土方の所へやって来た。
「補佐の正、副介錯人と介添人。しめて四名のお手を借りたいのですが」
「そういえばそうだな」
切腹の演には少なくとも五名の演者が必要だった。土方の指図で正介錯人に斎藤一、副介錯人に山野八十八、介添役に蟻通勘吾が選ばれた。検視は坂内自ら務める。
「どなたか受刑者の役を」
坂内は呼び掛けた。しかし、好き好んで切腹役などやる人間はいない。土方は、尻の座りが悪くそわそわしていた田内知を目敏く見つけ、「お前やれ」と言った。従って田内が切腹役と決まった。
やがて坂内の講義が始まる。
「切腹の御沙汰は、通常前日夜中に本人に通知されます。介錯の方は正と副、お二人です」
と言うと、麻裃に大小を差した斎藤と山野が現れた。
「本日は室内での講義にて、室内の流儀にいたします。後日また屋外での実演をやりますゆえ」
坂内は、屏風を逆さに立てた。
「二枚ある時は、引き違えにいたします。畳は二畳とも裏に返し、このように青い布団を敷きます」
丁寧に座蒲団を敷き、砂を撒く。正式にはそうだが、新選組の大概は略式で行われている。
「受刑者は必ず沐浴をいたしますが、本日は略して」
金盥を出し、そこに水を半分程張ってから、沸かしておいた湯を注ぐ。死者を湯灌する時と同じ要領である。
成る程、永倉の推薦通り手馴れたものだ、と土方は感心した。やがて死装束に着替えた田内がやって来た。
「お衣裳の襟は縫い込んでありますが、肌脱ぎしない場合に首を打ちやすくする為です。
正介錯人の斎藤が、直ぐにも田内の左斜め後ろに立った。右片手に刀を下ろした構えである。この斎藤も、介錯馴れしていて、堂に入った姿勢であった。
「あ、斎藤先生。もう一度同じ所作をお願い出来ませんか。後の者によく見えなかったようです」
坂内は言った。介錯人の腕が悪いと不名誉となる。それは受刑者を預る家の恥ともなる。よって、介錯には専門家さえいた。何処でどう修行したものか知れないが、斎藤の腕前は介錯人として最上といえた。
「目下の者に対してはこのように右下に、同等なら八双に、目上なら上段という具合に構えます」
副介錯人の山野が、田内が肩衣を取り、着物を脱ぐのを手伝う。終わると咳払いで合図し、介添の蟻通が三宝を運んで来た。上に小刀が載っている。
「本物ではないか」
と、田内が仰天する。
「然様」と、坂内が答えた。そして、懐から扇を取り出し、小刀と取り替えたので田内はほっと胸を撫で下ろした。
「中には実際に腹に刃を立てられぬ者もおりますゆえ、扇や木刀を使うことがあります。これを『扇腹』と申しますが、武士としてはあまり名誉とは言えませぬ」
それから坂内は、二、三の腹の切り口について説明した。そして再び、三宝の上に載っていた扇と小刀を取り替えると、
「さあ、田内殿」
と、促した。田内は何の事やら判らず、目をきょとんとさせている。
「お切り下さい」
「えっ、何でおれが」
田内の目が四方に泳ぎ、土方の顔で止まった。土方は謎めいた微笑を湛えていた。但し、その目は笑っていない。
「お前の左肩の傷。それは何処でついたものかな?」
田内は愕然となった。後を振り返るが、明らかに癒えていない傷痕が衆人監視に晒されていた。
田内知というこの隊士、平隊士でありながら八条村に妾を囲っていた。ところがこの妾は、程近い本圀寺に仮居する水戸藩士とも通じていたのである。そうとも知らない田内は、藩士が訪問していた或る日、妾宅を訪れた。慌てて押入れに隠れた藩士とその襖の前に座った田内。膳が出されているのを不審に思って妾に問うた。
すると、密通がばれたと思った藩士は忽ち襖を開けるや、田内の肩先に斬り付けた。
田内は油断していた上、成す術もなくその場に倒れ伏した。その隙に藩士は妾と手に手を取って逃走してしまったのだ。
「敵に後ろ傷を受けて反撃もせんとは、士道不覚悟。処分は判っているだろう」
土方は冷たく言い放った。田内は首を垂れた。そして、黙って小刀を手に取ると、腹に突き立てた。一同が、おおと驚愕の声を上げる。斎藤が刀を振り下ろした。
田内の首は、見事皮一枚残して打たれ、膝元に転がった。坂内が検視する。
「切腹指南、お見事」
土方は坂内に向かって言った。その坂内が黙礼するのを見ず、土方は広間を出た。
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