(三)

 それから二度、直助は続けて死番を代わらされた。格四郎に命ぜられるがまま、である。
 ある時、押し借りをしようとする浪士たちがいる、というので奉行所の小者が巡察中、斎藤の元へ駆け付けた。斎藤の班は、急ぎ町屋の連なる小路を走った。
 木戸口を入ると、目指す二階家があった。不逞浪士らは質屋の二階まで上がりこみ、乱暴狼藉を働いているのだという。
 斎藤の後ろに三人の隊士が続く。たとえ何があろうと、斎藤は組長だからといって死番を代わったことはない。中には殆ど死番を務めない組長もいて、それは各々の権限だが、斎藤はそれをしなかった。自ら模範を示してこその組長だという考えではなく、新選組の前身である壬生浪士組の頃からそうしているからだ。役職が付いたからと言って、無駄に鯱張る(しゃっちょこばる)意味がない、と思う。
 声高にこそしないが、斎藤のそうした態度が平隊士の信頼を得ていたことは言うまでも無い。何より、土方はそれを高く評価していた。
 斎藤は刀を抜き、右肩に刀身を凭せ掛けるようにして進んだ。こうすると、出会い頭に刀を振られても、直ぐに受けに入る事が出来るからだ。
 上り框で店の主人等が怯えていた。既に血と臓物の臭いが立ち込めていた。斎藤は、彼等に見向きもせず、梯子段を駆け上がった。二階座敷に踏込もうとした途端、斎藤ははっ、と刀を引いた。
 目の前に直助が立っていたのである。
 覚えず斎藤は、かっとなった。直助を突き飛ばすようにして押し退け、格四郎の前に進み出た。
「赤木の死番は今日で何度目だ?」
 斎藤は静かに訊いた。怒気を孕んだ視線に睨まれ、さしもの格四郎も一瞬怯んだようだった。いや、斎藤の目に感情を垣間見た事に驚いたのだった。思わず、頬が火照った。
「続けて三度目だろう」
 先に斎藤が答えを出した。また、感情を殺したような光の届かない昏い眼に戻る。
 そして、つい今し方格四郎らが捕斬した浪士の骸を見遣りつつ、斎藤は刀を収めた。
「今度赤木に死番を強いたら、その者は法度に叛いたかどにより、切腹申し付けとなる」
 以後、直助が死番を強制させられるということはなくなった。格四郎が無闇と直助を虐げている姿も、とんと見なくなった。「切腹」という言葉のお灸が余程効いたかに見えた。
「江戸にいる監察方の探索だと、どうやら橋本格四郎は府内の人間ではないかということですよ」
 或る日、井上が斎藤に告げた。
「何でまた常陸浪人などと偽ったのでしょうか?」
「さあ。天狗党くずれだと臭わせて、箔をつけたかったのでは」
 と、斎藤は答えた。
「江戸におられなくなるような事でもしたのか―あ、いや他意はござらん」
 井上は頭を掻いて苦笑した。斎藤が旗本を斬って江戸を出たという事は、旧い付き合いのある幹部連中は皆知っていることだった。
 案外、おれと似たような理由かもしれんな、と斎藤は格四郎のことを思った。
 一方、赤木直助は入隊時に明かした前身と変わりなく、備中の商家出身だった。材木問屋の三男坊だということで、幼少から算術のほかに剣術を習う余裕が家庭にあった。それで、新選組に入ったのであるが、ゆくゆくは勘定方の河合耆三郎の下に付くことになっていた。
 もともと橋本格四郎との接点はない。
 ただ、直助は剣術はもう一つで押しも弱いが、人当たりもよく笑顔が可愛らしい。顔立ちも少女のようなところがあった。学もある。
 実家からよく送って貰っている本の中から絵草紙などを他の隊士達に貸している。任務が無い時は、本を読んだりして過しているが、いつの間にやら人が集まっているという雰囲気だった。そういう穏やかな空気が、直助の周囲には漂っていて、殺伐とした斬人の毎日を忘れさせてくれるのやもしれない。
 しかし、格四郎は違っていた。
 格四郎は大概一人でいた。そのことに全く不自然を感じさせないほど、一人でいる。存在感がないのではなく、ありありと其処に橋本格四郎がある。それだけで、誰もが近寄り難かった。刺々しい気を発している。斎藤の茫漠とした、何を考えているのかわからない近寄り難さとは異質だった。剣技にすぐれていることも、格四郎を孤独にしている。
 格四郎がそんな直助に嫉妬を覚えたというのか。
 斎藤は、そのことに注意を払わなかったわけではない。だが、つるんでいようといまいと、剣の腕には変わりない、と思うのだった。
 これがもし他の組なら、格四郎の素行もどうだったか。
「あいつはやはり猿だ」
 入隊の手合わせで追い詰めた斎藤を、何処か見くびっている。新選組で一、二の使い手といってもその程度か、という気持ちが格四郎のふとした表情にちらつくことがある。
 相手が沖田や永倉ならば、そんな素振りを見せれば忽ちに一喝されたかもしれない。
 だが、斎藤にはそんな気は毛頭無かった。言っても詮無いことで腹を立てるのは、阿呆臭いというのが斎藤の持論だった。
 
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